男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「姫野さんが"危険だ"と思うなら、それはきっと正しいです。あなたが被害を(こうむ)ることがないように対策を考えましょう。」

「鳴海部長、ありがとうございます。」

「姫野さん。さすがね、よく見えてるわ。“芹沢・福原ペア”ね…。私も大っ嫌いよ。話し方は語尾を伸ばすからバカっぽいし、聞いてるこっちがイライラする。仕事しないし、本条課長が相手にしない影響か…ここ数カ月は合コンの話ばっかりしてるし、あんなの給料泥棒もいいところだわ!」

…はは!立花さんも相当溜まってるな、あとで【毒抜き】にちゃんと付き合うから。 

「立花さん!?……あなたがそこまで言うなんて…。よほどですね。」

そんな驚きの声を上げながら、姫野さんは立花さんの方に体を向ける。

「あら、私はそんなに優しくないわよ?表に出さないようにするのに必死なんだから。」

立花さんは、わざと肩を(すく)めてみせた。

「いいえ、立花さんは私のことで泣いてくれた優しい方ですよ。」

姫野さんがそう言うと、立花さんはハッとした驚いた後…クシャッと表情を崩して「ありがとう、姫野さん。」と笑った。

「芹沢さんと福原さんですね。覚えておきます。……姫野さん、相変わらず【相性を見抜く力】が高いですね。“本条さん”や立花さんの話を聞く限り、相当幼稚な思考のお2人のようですね。明らかに姫野さんとは相性が良くないので、今“積極的に関わるべき人”ではないでしょうね。…もちろん、完全に関わりを遮断するのは本人の【人間関係の再構築の練習】にもならないので勧めませんが…。」

物腰柔らかく言ってはいるが、姉さんの言葉の裏には"バカの相手をするのも大変ね…雅ちゃんも昴も。"ぐらいの気持ちは含まれているような気がする。

そんな“白石ドクター”の「今は芹沢と福原に対し姫野さんを1人で積極的に関わらせるべきではない。」という発言を受け、それに対する対策を全員で思いつく限り出し合ってみる。

結論的には、“彼女たち”に有利な状況下で1対1…もしくは1対複数名で関わることが無いようにしようということで話は着地した。


そんな話もしつつ……"おそらく。ここまでが姫野さんから今聞ける最大限の内容だな"…なんて考えを巡らせていたら、中瀬さんが話を締める方向に進めてくれていることに気づく。

「さて。途中で休憩は挟みましたが、セッションとしてはここまでで50分ぐらいです。姫野さん、まだ話したいことがあれば続けますが…無ければ終わります。どうでしょうか?」

「現段階で話せることは、ここまでですかね…。なので、終了でお願いします。」

「それでは…。セッションを終了します。ありがとうございました。」

「ありがとうございました、中瀬先生。」

こうしてセッションが終了し、今日の俺たちの【最大の目的】も無事に達成された。

「ちょっと…【お花を摘み】に行ってきます。」

「あぁ。行ってらっしゃい、姫野さん。…さっき待機してもらっていた部屋より、もう一つ奥ですよ。」

「ありがとうございます、中瀬さん。」

俺たちにそう一言断って、姫野さんは席を外した。

ここで、姫野さんが言った【花を摘みに行く。】という言葉については、中瀬さんがすぐに「"花を摘みに行く"と言われたら"お手洗い"のことだからね。覚えておいて損は無いよ。」と説明を入れてくれた。

そしてカウンターに戻ってきた“中瀬マスター”は、食器を拭き始めた。

中瀬さんと談笑しようと思い、テーブル席からカウンターに場所を移そうと席を立ったら…立花さんが後についてきて、俺の右隣に腰を下ろした。

ちなみに。左隣には姉さんがシレッと座っている。

「『お花を摘みに…』なんて、やっぱり育ちが良いんですねー。彼女が言うと品格がある。…説得力がありますね。」

「はは。そうだな、立花さん。」

立花さんとそんなことを話していたら、「失礼しました。」と小声で言いながら姫野さんが戻って来た。
そこへ姉さんが駆け寄って来て、「お疲れ様。今からは本当にゆっくりすると良いわ。」と彼女を労い、姫野さんの方も「ありがとうございます、渚さん。」と笑顔を見せていた。

「ここ、来る?姫野さん。」

「立花さん、ありがとう。でも今はひとまず大丈夫です。」

「そう。」

「…あっ、でも。本条課長。1曲弾いたらお隣にお邪魔してもいいですか?」

姫野さんがそう答えると、立花さんは俺の隣に居続けるかと思いきや…「ふふっ。」と満足そうな笑って(けい)の居るテーブル席へ戻っていった。

俺と喋りたかったのか…からかいたかったのか、掴めないな…。
まぁ。どちらでも良いが…。

「喜んで、姫野さん。」

「では、後ほど参ります。」

「…あの、中瀬さん…。ピアノ弾いても良いですか?」

確かに、姫野さんは弾けそうなイメージあるな…。

「存分にどうぞ。姫野さんの演奏か…楽しみだな。……さて、アップルパイは焼けたかな。」

そう言って、厨房のオープンを見に行く中瀬さんは…楽しそうだった。
それから、オーブンを見に行ったついでにBGMも止めてくれたようだ。

そして、姫野さんが弾き始めた曲に……俺は思わず反応してしまい、自身でクスッと笑ってしまう。

クスッ!俺の好きな"【月】を連想させるこの曲"を弾き始めるとは…。さっきの【お返し】だと思っていいのか?

俺から言わせたら、あなたの方が罪作りだよ。
まぁ、俺もさっき同じことをしたから何とも言えないが…“好意を向けている女性"から自分の好きな曲を演奏してもらえるなんて、舞い上がるんだぞ?結構。

「あら。……雅ちゃんが"この曲"を演奏するなんてね。……昴。プライベートを知られたくないと思うあんたにしては珍しいじゃない。いつ言ったのよ?」

「それこそ、俺が"プライベートを知られたくない"って知ってて聞くか?それを。」

彼女に、【本来の意味】で"この曲"を贈られたなら…どれほど幸せなんだろうか……。

今、姫野さんがこれを弾くのは…俺がさっき彼女の好きな曲を演奏したからで、その【お返し】にと"お礼"の意味から…もしくは気の利いた返しとして思いついたぐらいの気持ちで弾いてるはずだ。

だが、"この曲"の【本来の姿】は…ラブソングなのである。

そして姫野さんは博識な人だ、"この曲"の【本来の姿】も知ってはいるだろう。
それでもなお、"この曲"を弾いてくれるあなたは“相手のために動ける人”で、優しい人だと痛感するよ。ありがとう。

俺は、あなたが【本来の意味】でこれ弾いてくれるようになるように……徐々に口説いていくよ。

いつか、"この曲"で連弾ができれば良い…。

そんな密かな願いを思い浮かべながら、姫野さんが弾く【美しくもどこか儚さを感じる音色】に耳を傾けた。

「あぁ。なるほど…それでこの選曲ね。納得だけど…。それにしても、いろいろ【入ってる】ねー。まぁ。無理もないか、セッションの後だし…。姫野さん、良くも悪くも気持ちが大きく動いた時は“クールダウンが必要な人”だね。しかも、この弾き方は…【3年以上の経験者】と、みた。」

「ホント、昴は正論すぎて可愛くない。…確かに、雅ちゃんは“クールダウンが必要な人”ではあるわね。」

「はいはい。別に俺が可愛くなくても困らないだろ?……ん?"いろいろ入ってる"?……どういうことですか?中瀬さん。」

中瀬さんから放たれた、意味深な発言……。

…それに。何となく気になる、"この曲"に宿っている【儚さ】の違和感は何だろうか…。
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