男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方

21th Data “院長先生”との再会 ◇雅 side◇

「鳴海部長。それでは"Aチーム"で[うちの病院]の訪問に行ってくるので、フロアお願いします。」

本条課長が〔部長室〕のドアを開け、中には入らず扉の前から正面に座る部長に向かってそう声を掛けていた。

観月くんたちと打ち合わせをした日から2日後――。
今日…4月18日は、いよいよ私と津田くんが【外回りデビューをする日】だ。

「はいはい、こっちは僕と鈴原さんに任せて。行ってらっしゃい。……とは言いつつ、ちょっと待った。本条くん、僕に2分下さい。姫野さんと津田くん呼んで。」

…ん?呼ばれた?
私と津田くんは反射的に立ち上がり、〔部長室〕へ少し小走り気味に駆け寄った。

「お呼びでしょうか、鳴海部長…。」

「うん。2人ともありがとう、反応早くて助かるよ。本条くん、一度ドア閉めてくれる?…君はちょっと外で待ってて下さい。」

「はい。(かしこ)まりました。」

私と津田くんに手で"入れ。"と促して私たちを入室させてから、本条課長は扉を静かに閉める。

"カチャン"という扉が閉まった音をしっかり聞き届けてから、鳴海部長は口を開いた。

「今日はついに【外回りデビュー】ですね。緊張してる?…してるよね、おそらく。でも姫野さんと津田くんなら大丈夫。そもそも、本条課長は【人間的に未熟な人材】を外回りには出さない。【お得意先に出しても恥ずかしくない人材】と判断したんでしょう…。それも最速の【配属後2週間】で。だから自信を持って行ってきて下さい。今日の2人の【仕事】は"笑顔で挨拶すること"と、"院長・副院長先生に名前を覚えてもらって帰ってくること"です。それ以外のことは、上司や先輩に任せても良いです。」

「はい。」

「あっ、でも。もう少し余裕があれば『皆さん、ありがとう!』と言ってもらって帰ってきて下さい。」

鳴海部長の口調や言葉は決して厳しくない。だけど、私たちの身を引き締めてもらうには十分な言葉だった。

「はい!頑張ります!」

「鈴原さんからは何かある?アドバイス。」

「私からですか?…あっ、そうですね。姫野さんはリラックスして臨んで下さい。本条課長が居ますから不安になることはないですよ、大丈夫。…津田くんは、PCのメンテナンス作業中以外は【姫野さんをよく観察する】と良いと思います。立ち振る舞いとか言葉遣いとか…とても勉強になると思いますから…。」

あら、そんなに褒めてもらえるなんて…。
ありがとう、柚ちゃん。

「ありがとうございます、鈴原秘書。頑張りすぎず、頑張ってきます。」

「それじゃあ、鈴原さん…。"Aチームの皆さん"のお見送りと、【車のカモフラージュ】…お願いしますね。」

「はい、畏まりました。」

鳴海部長はそんな言葉とともに、社用車の鍵を柚ちゃんの(てのひら)に"チャリ"と落とし、彼女も両方の掌で水を(すく)うように…可愛くそれを受け取っていた。

"車のカモフラージュって何?"と思っている間に自席に戻った部長は、そこから「行ってらっしゃい。」と笑顔で言い、私たちを見送る。

〔部長室〕のドアを開いた時、パッと一瞬右に視線を移すと…本条課長が壁に背と左足を預ける形で付け、さらに腕組みまでして待っていた。

"ドラマとかでよく見るポーズだわ…。ホント絵になるなぁ…。"って…私は何を考えてるんだろう。

まぁ、それはそれとして…。ここでずっと待ってたんですか?
せめて、何か仕事してて下さいよ。話が済んだらすぐ出ると言っても。

ほら。芹沢さんがずっと課長を見て、仕事の手を止めてるんですから。

「終わったか…。よし。じゃあ、行こうか…。観月、桜葉、出発するぞ。」

目と口では私や観月くんたちにそう合図しつつ、手では柚ちゃんから社用車の鍵を受け取る本条課長。

「はい。」

観月くんたちは、課長から声が掛かると軽くデスク周りを片付けて席を立つ。
そして課長も、自身のビジネスバッグと最低限の【工具セット】を手にし、出入り口のドアの方へと足を進める。

こうして、私たち"Aチーム"と柚ちゃんの6人は〔開発営業部〕のフロアを出た。

「駐車場に行く前に〔総務部〕で駐車証明書を貰うから、寄ってくぞ。」

フロアを出て、数歩足を進めて立ち止まり…振り返りながら課長が言う。

「えっ、社用車で行くんじゃ…。だって、鈴原さんだって部長から車の鍵預かって…それを課長に渡してたじゃないですか。」

「社用車はそんなに台数が無いから、会社から追加でPCや部品を持って来てもらう時に使うことが多いな。社用車ももちろん使うし…営業に関して規定があるわけではないが、【外回り】する時は公共交通機関か、個人の車っていうのが【暗黙の了解】になってる。…フロアで『俺の車出す。』なんて言ったら、また芹沢がうるさいだろ?」

「そうですね…。あー。それで【車のカモフラージュ】ってことだったんですね。」

「あぁ。それとな、観月に前々から言われてたんだ。『一回〔BM〕に乗せてほしいです!』ってな。だから今日はそれもあったんだ。それに…。姫野さんがどの程度、公共交通機関が平気なのかもハッキリ聞いていなかったのもあるし…。」

ここまで話を聞くと、先ほどの部長と柚ちゃんの行動が理解できた。
それに、私や観月くんのためでもあったなんて…。
課長、ありがとうございます。

「あっ。そうだ、その話まだしてませんでしたね。…【立って乗るよりは座って】、【電車よりは車が良い】って感じでしょうか。電車に乗ること自体は乗れます。ただ、【圧迫感】や【閉塞感】がまだ完全には克服できていないので怖さはあります。…周りに1mぐらい空間があれば大丈夫なんですけど。」

「そうか。…なら、今日はやっぱり俺の車で正解だな。」

「“雅姉さん”、ありがとうございます。“姉さん”のおかげで念願叶います!今まで電車で訪問してましたから…病院。」

「やだ〜。観月くんったらホントに嬉しそうね!ふふっ。」

そんな会話をしながら〔総務部〕へ行き、駐車証明書を貰った後はみんな少し歩く速度を上げて、課長の愛車の元へ向かう。

「じゃ…鈴原さん。鍵、返すな。」

「はい。確かにお返しいただきました、本条課長。」

駐車場の自身の〔BM〕の前まで来たと同時に、本条課長は柚ちゃんに言った。
そして、先ほどフロアでカモフラージュのために受け取った鍵を柚ちゃんの(てのひら)に"チャリ"と返している。

ちなみに、今は業務中なので2人とも【ビジネス口調】だ。

「うわ…。すげぇ!〔BM〕だ!本物の〔BM〕だ!!しかも、本当に"左ハンドル"だし!」

「“シュウ”、興奮しすぎ、落ち着けって。」

「観月くん、気持ちはすっごくよく分かるよ。でも、ちょっと落ち着こうか?」

興奮気味の観月くんを私が(なだ)めていると、本条課長からこう告げられる。

「観月。感動してるところに水を差すようで悪いが…桜葉たちと一緒に、さっさと後部座席に乗ってくれ。ちょっと急ぐ。」

「あっ、すみません!課長。お邪魔します!」

観月くんたちにそう声を掛けて…彼らが乗り込む動作をし始めた後、課長はいつの間にか助手席の方に回ってきていて…助手席のドアを開けてくれた。

「待たせて申し訳ない、姫野さん。どうぞ。」

「…あっ。ありがとうございます、課長。…失礼します。でも、開けていただくの…何だか恥ずかしいです。自分で乗りますし、降りますよ?」
< 94 / 124 >

この作品をシェア

pagetop