佐藤さんは甘くないっ!

仕事の件とは別に、最上さんのことは当然気になった。

……でも、星川さんがいるし、変なことはしないよね?

そう思うことにして、とりあえず馨さんが帰って来るまでは聞かないと決めた。

馨さんには例のお願いをしてあるし……。


「明日、帰ってから本社で報告会議を兼ねた食事会があるんだ。会えなくてごめんな」

「仕方ないですよ。金曜日の夜は会えますか?」

「ああ。土曜は一日休みだから泊りに来い」

「楽しみにしてますね!」


水曜日の夜の電話で週末に会う約束をした。

お泊り!付き合って初めてのお泊り!

るんるんと浮き足立つ気持ちを察したのか、電話越しに馨さんが笑ったのが解った。

咽喉の奥で笑うような低い声がかっこよくてずるい。


「……早く柴にキスしたい」


独り言のように呟かれた言葉が心臓をきゅんと鳴らす。

帰ったら覚悟しとけよ、という不穏な発言はさらっと聞き流しておいた。

それを糧に木曜日の仕事も頑張って、満身創痍でなんとか金曜日を迎えることができた。

今夜は馨さんに会えて、週の最終日で、そして週末はデート。

完璧な布陣だなぁとにやけそうな頬を引き締めて歩いていると、角を曲がったところで誰かにぶつかってしまった。


「すみません、大丈夫で……あ」

「いえ、こちらこ……あ」


今一番会いたくなくて、会わなきゃいけなかったひと。

偶然の引力に恐ろしさを覚えた。


「……柴さん、ちょうど良かったわ。話があるんだけど」


廊下に鳴り響くハイヒールの音が、地獄へのカウントダウンのように聞こえた。
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