佐藤さんは甘くないっ!
歩いてくるわたしの姿を見付けて、そのひとも立ち上がった。
さっきまでとは違う意味で胸がどきどきする。
走り出したい気持ちを抑えて早足で向かうと、そのひとは―――佐藤さんは、唇の端を少し持ち上げた。
「かっ……佐藤さん!」
「おう柴。こんなところで何してるんだ?」
「え、いやそれは……」
思わず口ごもると、会社だというのに躊躇いなく抱きしめられた。
誰も廊下にいないことをきょろきょろと確認すると、つまらなさそうに力を込められた。
内臓が飛び出そうな圧迫。
だけど苦しい反面、それが嬉しくもある。
「馬鹿柴……お願い聞いてやったんだから、貸しひとつな」
「ありがとうございました……最上さんと話す役目、わたしにくれて」
へらりと笑ってみせると、ミネラルウォーターのペットボトルが左頬に押し当てられた。
買ったばかりなのか、ひんやりと気持ち良い。
赤く腫れあがったそこを見つめる馨さんの目が自責の念に駆られているように見えた。
違うのに、わたしが自分で選んだことなのに。
そして叩かれたことを知っていたので、きっと最初から最後まで見ていたんだろうなーと思った。
よっぽど飛び出していきたい衝動を抑えてわたしのお願いを聞いてくれたんだと思うと、じんわりと胸が温かくなった。
「……柴はかっこいいな」
呆れたように、愛おしそうに。
馨さんはそう呟いて、わたしの唇をそっと奪った。