Caught by …
 彼のソファーにそっと腰掛けてみたけれど、僅かな彼の匂いがする以外は、冷たいただのソファーでしかない。どれだけ悲しくても、涙が止まらなくても、私は一人だ。

 行儀悪く足をソファーの上に乗せ、膝を抱えて背にもたれた。

 何も考えたくないのに、もう何もかも忘れたいのに、瞬きや呼吸をするときのような自然さで、レイを想う。

 あの真っ白な髪の柔らかさも、グレーの冷たい瞳に隠れた熱も、照れた横顔と顔をくしゃくしゃにして笑った顔、怒って怖い顔も、一緒に寝る時の少し余裕のない危なさも、全てだ。もはや、今の私にはレイが全てだった。

 さっきの彼の、怒った声がまだ耳の中に残っている。

 きっと、彼は私のことを薄情な女だと思っただろう。話し合うのが怖くて、逃げられなくなる前に逃げたのだから。

 軽蔑している、もはや私のことなんか興味もなくして、怠そうにため息をついている。面倒な女だとも思っている。

 そうして、私を嫌いになって、私の知らない女の人と、今度は“マトモ”な関係を築く。

 私は、どうなのか?

 以前のようにトムとの平穏な関係を?

 ……想像が、つかなかった。いや、今はまだレイを忘れられないだけで、いずれは出来るようになるはず。だって前は私の隣には当たり前のようにトムがいたのだから。

 私は、トムを選んだ。

 大丈夫、私はトムを愛していて、これからも愛していける。

 眠気は全く感じられないけど、私は電気を消してベッドに潜った。微かなシトラスの香りに頬が濡れた。それでも、私は目を瞑り、枕に頭を押し付けるようにして眠った。
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