Caught by …
 車から降りて、彼の後ろを歩く。二人の靴音が遠くまで響いて、ここには私たち以外誰もいないような気がしてくる。

 アパートの中に入ってエレベーターに乗り込んだ。ここでもトムの斜め後ろに立って、彼に表情が見えないように俯く。

 普段なら他愛もないことを彼が話して、私が相槌をして、と会話が途切れることはほとんどないけれど、トムも私も口を閉じたまま。部屋の階に着いたエレベーターは、軽快な音を鳴らして扉を開けた。

 歩きだしてから顔を上げて、トムの背中を見つめる。その広くてしゃきっとした背筋は、少し猫背で気怠そうな彼とは違う。…なんて、トムと彼を比べた所で無意味なのに、彼のことなんて思い出したくないからここにいるのに、どうしても私の思考に出てきてしまう。

 駄目だと自分自身に言い聞かせて、頭に浮かんだ彼の姿を消す。

 トムの部屋について、彼が中へ通してくれた。何度かここに来たことはあったけれど、今はなんだか別の場所に来ているみたいだ。トムも黙ったままで、私は部屋の真ん中で立ち尽くす。

「とりあえず、こっちに座りなよ」

 テレビに向かい合う形で置かれているソファーに腰かけたトムが、私を手招きする。

 その優しい声と、私の全部を受け入れてくれるような笑顔。

 トムと出会って、仲良くなって、そういう所を好きになった…はずだったのに。

 今は、彼を真っ直ぐに見れずに自分の足下を睨み付けるしかできなかった。
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