黄昏に香る音色 2
すべてが決められていて、引かれたレールの上を、走るだけだった光太郎は、

初めて、そのレールを外れた。

大学を卒業してすぐ、光太郎は千春の手を取り、家を出た。

事業が、戦前から続く…時祭家を継ぐ気は、なくなった。

まだ小さいが、妹が継いだらいい。

光太郎は、地元から少し離れた…地方都市へと流れていった。

この街はまだ、発展途上だ。

続々と入ってくる人混みに紛れたら、わかるまい。

築20年は過ぎた、小さな一軒家を偶然、格安で借りることができた。

坊ちゃんだった光太郎は、今まで貯めた金が結構あった。

親が、おこずかいとしてくれたものだった。

しかし、何ヶ月か経てば、すぐになくなった。

働きはじめ、質素だが、千春と幸せな日々は続いた。

千春の料理は、おいしかった。

しかし、

たまに無償に、昔食べた…数々の高級料理が、浮かんだ。

今は贅沢なもの。

あの頃は普通のもの。




明日香が産まれた。

幸せはピークだった。

しかし、生活の苦しさもピークとなっていた。

そして、

その状況を、一番よくわかっていたのは、

光太郎の親たちだった。

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