天空のエトランゼ{Spear Of Thunder}
「貴様!」

十夜は肘を使い、何とか上半身だけ起こしたが、

ダメージが大きくて、それ以上は無理だった。

だが、全身を怒りと屈辱で震わせながら、去っていく九鬼の背中に叫んだ。


「なぜ!トドメをささない!」

十夜の声にも、九鬼は足を止めることはない。

十夜は、唇を噛み締めた。

血が顎を伝った。

「おれを、生かしたことを後悔させてやる!」

もう見えなくなった九鬼に向かって、十夜はいつまでも睨み続けた。





「フン」

十夜から少し離れた廊下の曲がり角に、

兜はいた。

壁にもたれながら、九鬼と十夜の戦いを、音と声だけを頼り、聞いていた。


大体の様子が、わかったし、

十夜が敗北することは、予定通りだった。


「…相変わらずの甘さ…。変わっていないな」

子供の頃の九鬼は、非情過ぎる程非情だった。

しかし、人の社会を知る度に、

九鬼は優しくなった。


いや、優しさではない。


無用な殺生はしなくなったのだ。


「だが…」

兜はにやりと笑った。

「それは、人が頂点にいる…あの世界だから、通用する理。この世界では、命取りになる」

兜はちらりと、廊下を挟んで右側の窓を見た。


月明かりが、校舎を照らしていた。


「…」

しばし見つめた後、兜は無表情になり、

壁から離れた。

そして、廊下に姿をさらすと、血溜まりに染まった十夜のそばに近付いた。



足音で気付いた十夜が振り向くと、

兜は冷たい視線を投げかけた。


「無様だな」


「な」

突然の兜の言葉に、十夜は唖然とした。

兜は、十夜の全身を目でチェックすると、

背を向けた。

「立て」

それだけ言うと、歩き出した。

「き、貴様!」

両腕の刃を、コンクリートに突き刺し、何とか立ち上がろうとする十夜を見ずに、

兜は告げた。

「さすれば…強くしてやる」

その言葉に、十夜は残りの力を振り絞った。
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