夜叉の恋
きっと寧々の鼻にも届くであろう血の臭い。
そして、それを食い荒らす獣の臭い。
原型を留めぬ程に食い散らかされ、臓腑を引き摺り出された凄惨な数体の亡骸は見れたものではない。
静が足を踏み入れれば、亡骸を貪っていた狼達は顔を上げて血に濡れた牙を剥く。
「横取りなどしない。失せろ。死体は好きなだけ持って行け」
寧ろその方が有り難い。
吐き捨てように言い放てば、狼とて馬鹿ではない。
瞬時に力の差を悟り言葉の通り死体を引き摺り静の横を走り去った。
その姿を寧々は胸に手を当て、静の影に隠れながら見守る。
「……狼って、怖い」
「……。妖やこの様を恐れない奴が何を言う」
亡骸という亡骸は静の言葉の通り狼達が持ち去って行ったが、飛び散った肉片や臓腑や血液といったものは勿論そのままだ。
寧々は「うぇ」と口を覆った。
「気分が悪いか」
「……流石にちょっと……」
覚悟は決めた。
だが、恐怖と生理的な嫌悪感は別物だ。
「……安心しろ。流石の私もこの場では休めない」
「……よかった」
案外、感覚は近いものがあるかもしれない。
寧々はほっとしたように口角を上げた。
―-しかし。
血の臭いの届かない場所を求めて寺の奥へと進みつつ、静は思考を巡らせる。
凄惨な亡骸。
勿論、狼に食い荒らされた所為もあるがそれだけではない。
恐らく食われる前から“あれ”に近い光景だったはず。
死んでいたのは寺の坊主共、数名。
そして残されていた気配は――……。
ふぅ、と溜息交じりに静は目を伏せる。
此処と似たような空気を至る所で感じる。
恐らくそれも……。
「……面倒な……」
「? どうしたの?」
小首を傾げて見上げる寧々に、「いや」と返しつつ視線を宙へと這わせた。
「今日はゆっくり休め」
「うん、ありがとう!」
まだ、仕事は残っている。