じゃあなんでキスしたんですか?


「小野田がタクシーに乗せてくれたそうだ」
 
上司が部下に、休日のささいな失敗談を話す程度の抑揚で、ごく自然な顔をして、森崎さんは答えた。

「そうですか、よかった」
 
タクシーで帰ったあとにマンションで何が起きたのかまったく疑う様子もなく、大橋さんは椅子に座った。カーディガンを羽織り、仕事モードの顔になる。

「そうだ、今日はこっちのヘルプにも入ってもらうことになってるから、午前のミーティングに参加して」

「え、わたしですか」

「そうよ。あんただって一応広報課の人間なんだから」
 
相変わらず棘のある言い方だけど、彼女に悪気はない、ということに、わたしはようやく気が付いていた。
 
となりで見ていれば嫌でもわかってしまう。大橋さんはとても口が悪くて、プライドが高くて、真面目で、そしていつだって仕事に一生懸命な人なのだ。
 
彼女のわたしに対する態度が軟化しているということもある。仕事に慣れて一人前に編集会議を回せるようになった頃には、労うような発言すらしてくれるようになっていた。

すぐに音をあげたり、根拠のない自信を振りかざしたりせず、一生懸命に仕事をしている限り、大橋さんはそれをきちんと評価してくれる。

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