【短編】ドーナツ
フェンスの上の彼はさっきよりも自由で、本当にそのままふわりと空に浮いて、どこか遠くに行ってしまいそうに見えた。


「ね、ねぇ!何してたの?」


あたしは彼を行かせないように、慌てて話しかける。


相手が遠くにいるわけじゃないのに、無駄に声が大きくなった。


彼が微笑む。



あ、まただ。


いつもはそうじゃないけれど、彼の笑い方は、時々あたしの胸をひどく締め付ける。


堪えきれないほどの大きな傷を負っているのに、無理して笑っているように見えるから。


「別に。早く起きすぎて暇だったから」


あたしの質問に答えながら、彼は今の空と同じ色をしたコンクリートの地面に着地した。


あたしは急いでずっと左手に持っていた小さなビニール袋から、買ってきたドーナツを取り出して、半分に割って彼に渡した。


来る途中にある小さなパン屋の、何の飾り気もないドーナツ。


「ありがとう」


彼は少しためらいながら、渋々という感じでそれを受け取る。


「朝ご飯食べた?」

「いや」

「あたしも」


こんなことなら、もっといっぱい買ってきておけばよかった。


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