冷徹御曹司は政略妻の初めてを奪う
余裕。
恥ずかしさで気を失いそうになるほどの甘い言葉を落とされていると言うのに。
喜びという唯一の感情で受け止め、その喜びを自分の中に備蓄できる余裕。
いつの間に身に着けたのかわからない穏やかな感情をかみしめながら、すっと手を伸ばし、紬さんのシャツの裾を引っ張った。
ぴくりとしつつも振り返ることのない紬さんに、ほっと温かい思いが胸に溢れてくる。
紬さんの首筋がほんのり赤くて、そこに顔を埋めてしまいたくなるのをぐっとこらえた。
本当に、幸せだな……。
なんてことを考えて、思わず口元を緩めていると。
「まったく、こんな時にまでいちゃつかないでくれよ。もしかしたら瑠依ちゃんは俺の嫁さんだったのかもしれないっていうのに」
「茅人っ」
「いいだろ? このことを含めての今回の事件だしさ。瑠依ちゃんのお見合い相手はもともと俺だったって、いつかはばれるだろうし。
第一、お前らの甘い新婚さんオーラが病室に充満していて息苦しいんだからな」
「だからってお前」
「そんなに焦るなよ。確かに日里と会う前だったら、結婚して瑠依ちゃんを葉月の後継者争いから救出してあげたかもしれないけど。
俺には日里という運命の愛しい女がいるんだ。ごめんね、瑠依ちゃん」
軽く首を傾げてにやりと笑う茅人さんの言葉に、私は身動き一つできず、何度もその言葉を反芻した。
からかうようにポンポンと叩く茅人さんの手を振り払う紬さんは、何かぶつぶつ言いながらじろりと茅人さんを睨んでいる。
「瑠依が俺に会う前に茅人と見合いしたとしても、結局、瑠依は俺に惚れていたはずだ。調子にのるな」
その場を震わせるような低い声に、愛を感じてしまう私も、調子に乗っているのかもしれない。
今の紬さんの言葉に、うんうん、と頷いてしまうんだから。