キスはワインセラーに隠れて
言いかけた瞬間、鼻をむにっとつままれた。
「いたい、です……」
「忘れろ。……いいな?」
忘れて欲しいんなら言わなきゃいいのに……という反論は胸の中だけにとどめておいて、コクコクとうなずく。
すると私の小さな鼻は解放され、藤原さんが深いため息をついた。
それと同時に辺りに漂うのは、まだ太陽が高くのぼっているこの時間には似合わない、お酒の香り。
「もしかして、お酒飲んでました……?」
「……ああ。休日に美味いワインを飲める店を開拓するのが趣味なんでな。
……ところでそんなことより。お前はなんでそんな格好してるんだ? ハロウィンはまだ先だぞ」
「あ……はい。これはその……」
私は、本田に頼まれて彼女のフリをさせられたこと。
それから悪ノリした本田に連れまわされていたことを、藤原さんに手短に説明した。
腕組みをして耳を傾ける彼は今日もモノトーンを基調とした服装、それから手には、仕事中はしてないシルバーのごつごつした指輪。
モデルか俳優か……っていう容姿に、今日も通りがかる女の人が振り返る。
「……それ、万が一その女がまたうちのレストランに来て、お前が男だって知ったらまずくないか?」
藤原さんが、低い声で指摘する。
「……あ! それは、考えてませんでした……」
たぶん、本田もそこまで深く考えてないだろうな……
もし本当にかなえちゃんがまた店に来て、私が男として働いてる姿見たら……きっと、怒るよね。
自分は馬鹿にされたって思うかもしれない。