光のもとでⅡ
 携帯のディスプレイを見れば自分の血圧や脈拍、体温までもが表示される。
 相変わらず便利なバングルだな、と思いつつ、
「八十八の六十一、脈拍は九十前後――」
 いい感じ。
 血圧は低すぎず高すぎず、脈もちょうどいい数値をキープできている。
 このあと、少しストレッチをして戻れば最後の一組くらいは創作ダンスを見られるかもしれない。
 半月ステージ脇にある階段を下りようとしたそのとき、背中に軽い衝撃を受けバランスを崩す。
 え……? あっ、だめっ――。このまま落ちたらだめっ。
 右手に触れていた手すりを力いっぱい掴み、できる限り身体を手繰り寄せる。けれど、それだけでは身体を支えることはできず、最終的には右半身を壁に押し付け足を階段にこすりながらひとつ下の踊り場へ落下した。
 痛みに声を挙げるより先、瞬時に階上を見上げる。と、そこには谷崎さんが立っていた。
『違う、私じゃない』――。
 谷崎さんの口がそう動いたように思えた。でも――。
 そうじゃない。そこじゃなくて、今は自分の状態を把握しなくちゃ。それから、周囲の人に気づかれたのは仕方ないにしても、たくさんの人に知られるのは本意じゃない。
 それなら、早くこの場を立ち去らなくては……。
 身体の状態を確認しようと足に手を伸ばした瞬間、背後から聞き覚えのある低い声が降ってきた。
「立てんの?」
 背をかがめて私を覗き込んだのは飛翔くんだった。その飛翔くんの背後には真っ青になった谷崎さんもいる。
「とりあえず、場所移動すっから。今くらいは静かにしてろよ」
 そう言うと、飛翔くんは自分の着ていたジャージで私を包み、肌が直接触れない状態で抱き上げてくれた。
「飛翔くん、半月ステージ裏に連れて行ってもらえる?」
「救護スペースで見てもらったほうがいいんじゃないの?」
「ごめん……わがままを聞いていただけると嬉しいです」
「……わかった」
 私たちの近くで所在無さ下にしていた谷崎さんは相変わらず真っ青だ。
 それには飛翔くんも気づいていたのだろう。すぐに振り返り、
「谷崎も一緒に来い」
 飛翔くんの声音には有無を言わせないものがあり、谷崎さんはおとなしく私たちのあとをついてきた。
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