光のもとでⅡ
 その空気を察した翠は、
「ツカサ、ワルツ教えてくれてありがとう」
「礼なら前にも言われてる」
「そうなんだけど……」
 翠は何か言いたそうだったが、その先に言葉を続けることはなかった。
 おそらく、組でトラブルがあった際に風間が何か吹き込んだのだろう。もしくは、簾条あたりが気づいていてもおかしくはない。
 やつらの思惑通りに自分が動いている自覚はあった。
 それでもダンスの手ほどきをほかの男に譲ることはできなかったし、翠が窮地に追いやられる事態は極力避けたかった。
 結果、いいように使われはしたものの、翠が困る事態には陥らなかったのなら結果オーライだろう。
 隣を歩く翠を見下ろし、さらには掴まれている左袖に視線を移す。
 途中で手につなぎなおされるかと思ったが、翠は未だに袖を掴んでいた。
「……袖じゃなくて手にすれば?」
「え?」
「これ……」
 左手を少し上げて見せると、
「あっ……うん」
 何がどうしてかは知らない。
 翠は袖を離し手を握りなおすと、恥ずかしそうに俯いてしまった。

「紫苑祭明けの土日、翠の予定は?」
 翠は宙に視線を彷徨わせ、
「レッスンの再開は十一月の第二日曜からだからこれといった予定はないけれど……ピアノの練習、かな?」
 その土日に倉敷芸大の学園祭があることは知っているのだろうか。
 そんなことを頭の片隅で考えつつ、
「二日とも?」
「……うん。ここ二ヶ月まともに練習できなかったからがんばらないと。……でも、どうして?」
「藤山の紅葉が見ごろだか――」
「行きたいっ!」
 俺が言い終わる前にすごい勢いで食いついた。
 目がキラキラと輝いていて、ビスケットを前に「待て」を命令されているハナみたいだ。
「でも、ピアノの練習があるんだろ?」
 意地悪く声をかけると、
「ある、けど……行きたい」
 その様子は、「おやつにする? それとも、散歩?」と二者択一をハナに迫ったときそのもの。
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