恋はしょうがない。〜初めての夜〜 + Side Story ①&②
 


古庄は真琴の手を引きながら岩場を伝い、滝壺の近くまで行くと、滝からの細かいしぶきが降り注いだ。

ひんやりとした空気の中、傾いた日に照らされて輝く滝を、手を繋いだまま二人で見上げる。


滝は孤高として気高く、とても美しかった。


でも、一人で見ても、これほど美しいとは感じなかっただろう。

見返りなく人を愛せる心を通せば、目に映るどんなことも優しく素直な眼差しで見ることができた。


滝を見つめる真琴の、この滝と同じように清廉で澄んだ美しさが、古庄の心に沁みていく。
滝と同化していなくなってしまいそうなほどの透明感は、愛しさを通り過ぎて、却って古庄を不安にさせた。


思わず、真琴の手をギュッときつく握ってしまう。


それに気づいた真琴が、同じように握り返してくれた。
そして、滝から古庄へと視線を移して、水滴が宿る顔で静かに微笑んだ。


ただそれだけのことで、古庄の胸は甘く痺れていく。
自分の中にこんな感情が存在している…そんな自分が、古庄は信じられなかった。


30歳を過ぎて、こんな風に人を好きになるなんて。
古庄の心は、初めて恋をする少年と、まるで同じだった。




それから帰りの山道、二人は言葉少なに、ただ手を繋いで歩いた。

普段、部活で体を動かしている古庄には何のことはない道のりだったが、真琴には少々堪えたみたいだ。


「滝がもう少し近いと思ってたんだけど、疲れさせたね」


そう言って古庄が心配すると、真琴は少し息を上げながら首を横に振る。


「あの滝を見るためだったら、これくらい。それに、この後美味しいご飯を食べて、温泉に入れるんですから、このくらい疲れててちょうどいいんです」


そんな風に気さくな受け答えをし、何気なく笑う仕草の一つ一つがとても愛しく感じられる。

今この場で抱きしめてキスしたくなる衝動を、古庄はグッと抑え込んだ。



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