今日も、私は、なく、【完】




ぽたぽたっと落ちた涙が一宮さんの頬に当たった瞬間、彼のまつ毛が揺れて、ゆっくりと瞼が開いた。


慌てて一宮さんから下りて、彼の横に座る。


足も、手も、体中震えて全神経が彼に集中した。



1度寝返りを打った一宮さんは、あたしの方を寝ぼけ眼で見つめて、優しく笑う。




「……絢子」




“あたし”の、名前を呼んだ。優しい声で。




「……っ、いちみやさん……、」


「ありがとう」




何に対して、とあたしが言うより前に、彼は再び目を閉じてしまった。


死んだのかと思ったけれど、まさかそんなはずはなくて。


寝息を立てながら寝返りを打ち、あたしに背を向けた。




『目が覚めて、絢子ちゃんを見たら、寝ぼけて彼女の名前を呼んじゃうかもしれないから。そんなん嫌だろ?』




――呼ばなかった。


彼女じゃなく、あたしの名前を呼んだ。



< 15 / 22 >

この作品をシェア

pagetop