今日も、私は、なく、【完】





すーっと流れた涙を、体にかかるシーツで拭った。


この部屋で、彼の前で泣くのは初めてだった。最初で最後。



でもあたしのものにはならない。


あたしだけの人にならない。




(――それなら、いっそ。)




何度も何度も考えていた。何日も何カ月も前から。


そっと一宮さんの体にまたがって、彼の太い首に指をかける。


どくどくと脈打っていて、あったかい。あったかい。



――今日のお別れは決まっていたこと。もう永遠に、あたしたちが体を重ねることはない。温かい一宮さんに触れることはない。



爪を立てて少しだけ力を入れれば、彼の眉が一瞬苦しそうに歪んだから、びっくりして手を離してしまった。


だけどぐっすり眠っている一宮さんが目を開けることはない。よかった、セーフだ。


……しっかりしろ、あたし。一瞬で力を入れなければ、きっとうまくはいかない。


震える手に息を吹きかけて、また一宮さんの首に手を置いた。歯がカチカチと音を立てて噛み合わない。




「一宮さん、だって、あなたが好きなの」




言い訳のように呟いた最期の言葉は、きっと寝ている彼には届かない。







――だって、今日、私は、彼を、亡く――。



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