理想の都世知歩さんは、




―――――――…


同じ週だったか翌週だったかの末の土曜日。

驚いたことがあった。


都世知歩さんがアパートの下に住んでいた、雄か雌かも判らない猫に『夏彦』と名前を付けていて、丁度呼んだところを見てしまったことじゃない。

因みにゴミ捨て当番だった彼の忘れたゴミ袋を持って廊下に出たときのことだった。

しゃがみ込んで名前を呼び、陽気に頭や首を撫でているのを見たのは。


薄い壁の向こうから聞こえる都世知歩さんの寝言が、「はぁー!」とか「やー!」とかで、真夜中に酷くびっくりして起こされるということでもない。

あれ何故だかわからないけれどほんとうにこわい。

どうしてそんな寝言なの。

こわいこわい。


って、そうじゃなくて。

本当の驚いたこと。


それは私が、お店で働いていた時。


心のどこかに、都世知歩さんが言った言葉が引っ掛かっていたことが原因なのかもしれないけれど。


開店してから、左谷さんや三谷さんのお知り合いのお客さんもご来店される中で、左谷さんの声に思わずレジに居た私は顔を上げた。

「ななみちゃんーっ」

きゃー、と入口から入られたお客さんに歩み寄る左谷さん。
対する女性も「あーちゃん」と左谷さんの名前を呼んで、ハグ。左谷さんのお名前はアメさんという。飴玉の、飴。
その時三谷さんは奥の事務所にいて、店内には不在だった。

身体を離して向き合う二人は他愛のない話をしているようだったけれど、私が気になったのはそう呼ばれたお相手さんである。


左谷さんの肩から少し覗いたのは、マーメイドアッシュのミディアムヘアが大人っぽい女の人だった。

掻き上げたような前髪が耳にかかって落ち着いた雰囲気の笑みを浮かべている。


背の高めな左谷さんを見上げている彼女。


もしかしたら。


もしかしたら、この人かもしれない。


そう思って、驚いたのだ。





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