キミとの距離は1センチ
こくりと、伊瀬がうなずく。いつも通りの、“同期の佐久真”に向ける表情。

なんだかよくわからないけど、彼の中で問題は解決したらしい。

小さく微笑む伊瀬に、わたしはようやく安心する。


よかった……これでまた、元通りの同期になれる。



「……へへ、」



思わず、笑みがこぼれた。

そんなわたしを見て、ぽつりと、彼がつぶやく。



「おまえは、……やっぱり全然、気にしてないんだな」

「え?」



小さすぎて、よく聞き取れなかったその言葉。

首をかしげるわたしに「なんでもない」と笑って、伊瀬は肩をすくめた。



「……戻るか」

「うん」



うなずいて、その背中を追って会議室を出る。

彼の半歩後ろを歩いて廊下を進んでいると、不意に、わたしの中を既視感が通り過ぎた。



《こ、ここ……》

《……ふ、冗談。別にいいよ、俺オンナでもないし》


「………」



伊瀬が頬杖からあごを滑らせて、机にぶつけたとき。

あの日と同じように、少しだけ距離を開けて、一緒に歩いている今。

ちょっと視線をずらせば、あのときわたしに触れた手が、目に映る。


──どきん。

なぜか急に高鳴った鼓動に驚いたのは、自分自身だ。


……ええ、なんで?

なんで今、どきって、心臓鳴ったの?
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