キミとの距離は1センチ
「……とりあえず、こっち向けよ」



痺れを切らした伊瀬がそう言ってわたしの腕を引き、無理やり視線を合わせる。



「ッ、」



そのときの自分は、泣きそうな顔をしていたのか、はたまたすごく怒った顔をしていたのか。

どちらにしろ、わたしの顔を見た伊瀬は一瞬息を飲んで、腕を掴んでいた手の力を緩めた。

こちらを見つめる彼の表情は、どこか苦しげで。



「(……ああ、そっか、)」



そこでわたしは、唐突に、閃いた。

あのとき、伊瀬がわたしを、抱いた理由。


それは──……。



「……佐久真、」



彼に名前を呼ばれた瞬間、ドン、と背中に衝撃が走って、思わず息を詰める。

それは伊瀬が、わたしの両肩を掴んで壁に押しつけたせいだと、気付くよりも先に──わたしのくちびるを、何かあたたかくて、やわらかいものが塞いだ。

少し遅れて、自分が今、伊瀬にキスされていることを理解する。



「──、」



……ああ、伊瀬。

ごめん、わたし、わかったよ。

あんたの、本当の気持ち。
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