私と彼の恋愛理論
車を走らせ始めてすぐ、最初に口を開いたのは私の方だった。

「なぜ、まどかに連絡しないんですか?」

私がずっと謎だと思っていたことだ。

彼は、ハンドルを握って前を向いたまま、話し始めた。

「最初は忙しくて…元々、僕の方からはほとんど連絡はしていませんでしたが…」

考えながら話しているのか、彼の言葉はゆっくりと続く。

「まどかからも連絡がなくて、おかしいなと思っていた頃に…」

彼の言葉が途切れる。

まるで、何かの壁に行き当たったみたいに。

それでも、短く息を吐いてから、彼は続けた。

「彼女が男性と歩いているところを見掛けて。」

おそらく、吉川が見たのは皆川だろう。

「彼女からの連絡がなくなったのは、きっと、そういうことだろうと。」

謎はあっけなく解けた。

吉川は皆川をまどかの新しい恋人だと思って、身を引いたのだ。

「俺に彼女を責める権利はないと思った。仕事ばかりで、彼女を喜ばすようなことは何一つしてこなかったから。」

すべては勘違いだ。

お互い長い間に築き上げてきた信頼と言う名の糸が、ほんの少しの誤解で絡まってしまっただけ。

私は、彼が話し終わるのを待って、口を開く。

「吉川さん、私が言えることは二つだけです。」

絡まった糸は私にはほどけない。

「私は、その男性を知っています。まどかとその男性は、ただの友人です。」

ハンドルを握ったまま、彼が驚きの表情を浮かべる。

「そして、まどかもあなたと同じように勘違いをしている。」

信号が赤になり、車が止まった。

私の方に顔を向けた吉川に、一気に告げた。

「吉川さん、あなたが引っ越した訳を、まどかに教えてあげてください。」

私の女の勘が働いた。

私の指摘に吉川は本当に驚いたようだったが、しばらくすると、今度は急に笑い出した。

「はは、何だか情けないな。」

私の勘は正しかったようだ。

彼が引っ越した理由はまどかが思っているのとは、正反対なのだ。

「約束するよ。近いうちに、まどかに会いに行く。」

その顔は、すでに、以前まどかの隣にいた男の顔に戻っていた。
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