世界でいちばん、大キライ。
「私は、あの夜のことは素直に嬉しかったです。だから本当は謝ってほしくなんかなかった……!」

あの日、久志が弱みを見せてくれたことも、抱きしめてくれたことも嬉しかった。

普段は大抵涼しい顔をして、麻美と同様桃花に対しても余裕を見せるような対応をしていた久志。
しっかりとしていて、頼りがいがありそうで、いかにも年上の男の人という印象だった。
そんな大人の雰囲気にももちろん惹かれたが、言葉を交わすようになってからは、それよりも麻美のことで思い悩む姿に愛しさを感じた。

不器用に、自分のことよりも相手を優先するような久志に、自分にはないものを感じて惹かれたのかもしれない。

今の言葉は、桃花にとっては告白のようなものだ。
当然、勇気を出して口にした言葉。

ドクドクと口から心臓が出そうな感覚を必死で堪えて、ぎゅっと目を瞑る。

久志が受け止めてくれることを願って――。

「さっきのヤツの方がいいんじゃねぇの」

その桃花の思いを打ち砕くような言葉が頭上に落ちてくる。
一気に熱が引く感覚と、硬直した身体。

回している手を、自らゆっくりと緩め、怖々と広い胸の中から久志を見上げる。
すると、若干眉間に皺を寄せるようにして自分を見下ろす双眸と視線がぶつかった。

桃花は目を揺らがせながら、顔を逸らさないように声を震わせた。

「私は、前にも久志さんが好きって」

尻すぼみするような声で弱々しく、縋るような瞳を久志に向けて言う。
哀願にも似た桃花の瞳の色に負けそうな久志は、すぐに顔を横に背けて答えた。

「お前、父親いないんだろ? だからだよ」

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