世界でいちばん、大キライ。
「麻美ちゃん。とりあえず座って待ってて? 今ココア淹れてくるから」

桃花に言われると、麻美も我に返ったように閉口し、促されるまま隅の席へと案内された。

すとん、と腰を下ろしてカバンを横に置く。
前方の席……いつも座っている窓際の席は、あいにく他の客がついていた。

足を行儀よく揃え膝の上に手を置いて、その手一点だけを見つめるように俯く。
すると、数分後に足音が近づいてきて視線を上げた。

「仕上げ、やってみる?」

桃花はカタン、とテーブルにいつもの縁が厚めの白いカップを麻美の前に置くと、爪楊枝を見せてそう言った。

カップの上には白い大きな丸。その上部に小さな丸がさらにふたつ描かれている。

「……クマ?」
「一応ね。この爪楊枝の先をココアに浸してから素早く描くのを繰り返したら出来るよ」

今日は仕事中の桃花は、向かいに座ることが出来ない。
接客するときと同じ立ち位置で、麻美に簡単にアートの仕方を説明すると、麻美は言われた通りに爪楊枝をカップの上に滑らせた。

歪ながら、なんとかそれらしくクマに見える水面に視線を落としながら麻美の頭に浮かんだのは、あの土曜日に久志から預かったクマを象ったチャーム。

意を決したように、麻美はココアに口をつけようともせずにぽつりと漏らした。

「この間……会えなかったの? ヒサ兄と」

あの日。
一度マンションに戻った後に、再度飛び出していった久志を見送った。
その時は、いい結果しか想像せずに、どこか安心したように家で久志の帰りを待つ。
しかし、思った以上に早い帰宅とその久志の雰囲気に、さすがの麻美でも言葉を飲み込んで何も言えなかった。
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