世界でいちばん、大キライ。


翌日土曜日。

遅番の桃花は、少し早目に出勤する。
着替え終わると、店の状況を窺いながら、落ち着いたところを見計らって了に声を掛けた。

「店長。すみません、少しお話いいですか?」
「シアトル行き、決めたのかい?」

ジョシュアから声を掛けてもらっているということを知っている了でも、やはり慣れ親しみ、学生(バイト)の頃から世話になっている相手なだけに、切り出しづらい話題だ。

その雰囲気をこんなすぐに気付かれるだなんて、と驚愕して固まった桃花は、ハッと思う。

(あ……ジョシュアさんからもう聞いたのかな?)

そう思っていると、それも顔に書いていたようで、了は「ふ」と小さく笑みを零すと、コーヒー豆を挽きながら口を開いた。

「俺はなんにも聞いてないよ。アイツ、そういうことは言わないから」
「えっ」
「そういう話は他人(ひと)から聞くものじゃなく、本人から聞くものだってアイツはわかってるからね、ああ見えて」

コーヒーのいい匂いに誘われるように、了の元へと近づいて行く。
桃花が隣に並ぶと、了はそのまま手を動かしながら穏やかな口調で付け足した。

「まぁでも、昨日はあのあとの電話が、やたらと機嫌よかったからわかりやすかったけど」

くすくすと笑う了を複雑な思いで見つめる。

高校生の時は、当然バイトに入る時間は夕方以降で。あっという間に営業時間は終わってしまって、桃花は満足いくほどコーヒーを淹れる時間はなかった。
それを知っていた了は、ほとんどの日に、閉店してから桃花の練習に付き合ってくれていた。

時にはためになる話しをしてくれたり、仕入れ先のケーキをごちそうしてくれたり。

バリスタへの気持ちを一番聞いてくれて、応援してくれたのは了だ。
その了に、なんの恩も返さずに行こうとしている自分が情けない。
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