世界でいちばん、大キライ。
「そう。あんなふうに、ほんの少しでも誰かの笑顔を引き出せるなら……なんて、そんな些細なことがきっかけなんだけどね」

桃花がへラッとごまかすように笑うが、麻美は神妙そうな面持ちのまま。
洞察力がある麻美相手に取り繕ってもムダだった、と、桃花は軽い溜め息をひとつ吐いて、手をきゅ、と握り締める。

そして、顔を上げると清々しい顔で麻美と向き合う。

「お父さんには言いたいこと言えなかった。けど、久志さんには何度も気持ち、伝えられたから。それで、もういいかなって」
「そんな……」
「あ。私〝おつかい〟の途中だったんだった! 早く戻らなきゃ!」

麻美は桃花を呼び止めようと手を伸ばそうとするが、その手を今自分が掴んだところでなんの意味もないし、桃花を止めることは叶わないだろう、と引っ込めた。

そんな麻美の動きに気付いていない桃花は、数歩進んだところでくるりと振り返る。

「今日早番なんだ。麻美ちゃんも友達と残りの期間、楽しんでね。あ、私、とりあえず今週は木曜早番だから、もしよかったら一緒に英語勉強しよ。じゃあね」

軽く手を振って、急ぎ足で店へと戻る。
桃花が曲がり角に辿り着く十数メートルを、麻美は微動だにせずに見つめていた。

その視線を感じながら、桃花は振り向かずにそのまま角を曲がる。

すぐ先のソッジョルノに辿り着くと、一度気持ちを落ち着けてから笑顔を作って「戻りましたー!」と元気に入って行った。

< 170 / 214 >

この作品をシェア

pagetop