世界でいちばん、大キライ。
「あっ……ど、どうぞ!」

咄嗟に営業スマイルが出た桃花は、先導するように今飛び出したドアを引いた。
先に店内に足を踏み入れた麻美は、少し柔らかい表情で店内を仰ぎ見る。

「右の、窓側の席。どうぞ……?」

桃花は曽我部の席に麻美を案内すると、彼女は未だにひとことも発することをせずに素直に席に着いた。

「ホットココアでいいかな」
「……なんでもいーです」

やっと声を聞けたものの終始真顔の麻美。だが、徐々にそれにも慣れたせいか、桃花は自然と笑顔で接していた。それと同時に、先日の自分や曽我部への態度と、その彼が弱気な発言をしていたことが思い出される。

「少し待っててね」

足早に持ち場に戻り、桃花はカップにココアを作り始めると椎葉が不思議そうに声を掛ける。

「親戚の子、とか?」
「あっ、い、いえ……そうではないんですけど……すみません、いきなり飛び出して」
「いや……びっくりしたけど。なんかワケありなのかな?」

椎葉の言葉になにも答えられない桃花の手が止まる。
その様子に、椎葉はそれ以上詮索するようなことを言うのを止めて、「ああ、なんかゴメン」と笑うと桃花の手元にミルクフォーマーを置いて去って行った。

桃花はそのミルクフォーマーを手に取ると、椎葉の後姿をみて心の中で礼を言う。
彼の心遣いや気遣いは、勤め始めた頃からずっと尊敬する部分だった。

常連の客への対応の仕方など、桃花にとっては感銘を受けるものばかり。

今回も、その椎葉のはからいで受け取ったミルクフォーマーを使い、撹拌したふわふわなミルクをそっとココアに乗せた。
再びココアパウダーでひと手間かけて出来上がると、それを麻美の元へと運んでいく。

「お待たせしました」

ニコッと口を弓なりに上げて、白いカップを麻美の前にコトリと置いた。
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