世界でいちばん、大キライ。
『じゃあそういうことで。明日は〝遅めに〟帰るから』
「遅めって、あっ、コラ! 麻美っ」

ぷつっと一方的に通話が切れると、久志は茫然として携帯に視線を落とす。
それからそろりと振り返ると、苦笑した桃花が立って久志を見ていた。

「あ、はは……。やられちゃいました……ね?」

「はぁ」と大きな溜め息を吐いた久志は、リビングのドアを閉めて、ぼすっとソファに腰を下ろす。
リラックスするように背もたれに体を預けて両腕を横に伸ばすと、目を閉じて深呼吸した。

「え、えと……」
「もう準備は大体終わった?」

カップをテーブルに置いて、久志に体を向けた桃花は、なんと声を掛けようか迷う。
そこに言われた久志の言葉は、何気ない言葉なのだろうが、桃花にとっては胸に刺さる言葉で。

(やっぱり、平気でなんかいられないって思うのは私だけなんだろうか)

体を前傾姿勢に戻し、ゆっくりと瞼を上げた久志は桃花の曇った顔に気付く。
それを緩和させるように、いつもよりもゆっくりと、柔らかい口調で補足するように言った。

「そういう顔するなとは言わないけど」

スッと久志の長い腕が伸びてきた。
そう桃花が認識した時には、すでに力強く引き寄せられていて。

「するときは、覚悟してからにして」

あっという間に久志の胸に抱き留められると、腕の中で低い声が届いてくる。

(ああ。今、麻美ちゃんが言ったばかりなのに)

『ヒサ兄は『さみしい』って絶対言わない』

自分だけ、特別さみしいわけじゃない。
いちばん苦しいのが誰かなんて、あるわけない。

久志の厚い胸に添えた手から、速い鼓動が伝わってくる。
窺うように、間近から久志の顔を見上げると、切なそうに眉を寄せた表情をしていて……。
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