世界でいちばん、大キライ。

「私、もう上がりの時間なの。ちょっと待ってて」

さっきまでのような緊張を感じさせない桃花の振る舞いに、麻美は閉口したまましぶしぶまた店内に戻ってきた。
パタパタと去っていく桃花を見送ると、さっき自分が座っていた席を入口から眺めた。

ナチュラルブラウン色をした木目調のテーブル。
遠くからの距離なのに、そのテーブルの上の白いカップは、すっかり冷えてしまったように感じた。

ただ呆然と、入口前に突っ立ったままそのココアを見ていると、桃花がひょこっと姿を現した。

「お待たせ。あれ、座っててよかったのに」

人懐こい笑顔を浮かべた桃花に麻美は少し俯いた。
そして、窓際の席に桃花が先に腰を下ろすと、もうひとつのカップを先程のカップと取り替える。

「冷めちゃったから。こっち私飲むよ。……麻美ちゃんは、あったかいのどうぞ」

そうして麻美が先刻座っていた場所に、ふわりと湯気がのぼるココアが置かれていた。
麻美が一歩、また一歩とそのテーブルに近づくと、一杯目と同じようにスマイルマークが描かれたココアが視界に入る。
それは、自分が今背負っているリュックにつけている缶バッヂと類似したマーク。

「ほんとは一杯目のほうが絵は上手くいってたかも。でも、味は二杯目(そっち)の方がゼッタイ美味しいよ」

頬づえをついて、立ったままの麻美を見上げるとニコッと笑った。
麻美は、きゅ、と軽く唇を噛んだ後、開き直ったようにドサッと腰を下ろし、桃花と向かい合う。

「……さっきも言ったけど。あたしを手懐けて、ヒサ兄に近づきたいならムダだけど?」

ぶつぶつと文句のように言いながらも、目の前の温かいココアを両手で持ち上げ惜しそうにスマイルマークを眺めている麻美が、桃花はなんだか可愛く思えた。

強がるような態度の麻美に、首を軽く傾げてくすくすと失笑する。

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