世界でいちばん、大キライ。


桃花のアパートは、ソッジョルノまで歩ける距離にある。
学校を卒業してソッジョルノ一本にすると決めた時に、敢えて近い場所を探して決めた。
通う時間が短ければ、他のことに時間を充てられるからだ。

近いと言っても、歩いて20分ほどはかかる。
それが、今は久志のマンションからなので約30分くらいだろう。

正直桃花は、告白が失敗に終わって気まずい思いもあるものの、それでも久志とこうして並んで歩けることに内心うれしく思った。
しかし、そんなことを思っているのも自分だけだろう、とも思う。
現に、あれから数分経つが、久志から一向に話をするような気配が感じられない。

桃花は意を決して、自ら口を開く。

「あ、あの。今日は本当、麻美ちゃんに誘われたとはいえ、すみませんでした」

さすがに久志の顔までは見られない桃花は、進行方向に顔を向け、視線をやや下げながら謝る。
すると、左隣に立つ久志がぽつりと返事を返した。

「……いや。もてなしもしないで悪い。珍しく、家に仕事持ち帰ってたもんだから」
「いえ! そんな! 麻美ちゃんがデザインカプチーノ作ってみたいって言ってくれたから、私が図に乗って……」

桃花は久志の言葉に、部屋に籠もっていたのは避けられていたからではないのだ、と胸を撫で下ろした。
赤い顔でぶんぶんと手を横に振って言ったのと同時に、つい、左上へと顔を上げてしまう。
夜道の薄暗い中で久志と目が合うと、より一層大人の男に感じてしまってドキリとした。
たったそれだけのことでこんなにも緊張してしまうのは、やはりそれだけ久志を意識しているのだ、と桃花は自身で感じる。

どれだけ英語を学ぼうと、母国語であろうと、この感情を言葉ではうまく言い表せない。
なにがきっかけで、彼のここが気に入って……などといった明確な理由など打ち出せないのだ。

ただ、心が久志に惹かれていて。
視界に映るところにいれば、いつでも目で追ってしまう。

そんな子供みたいな片思いに、現実に桃花は落ちてしまっている。
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