世界でいちばん、大キライ。
ゆっくりと顔を上げる久志から目を離せない。
今数十センチも離れてないこの距離で顔を上げたら、どうにかなりそうだと桃花自身わかっている。
でも、動かない。動けない。

ドキンドキンと閑静な夜の住宅街で大きく聞こえる自分の鼓動。
背中には冷たいコンクリの感触。

追い詰められてる態勢は先程と同じはずなのに――。

目の前に居るのが〝彼〟というだけで、こんなにも違う。

ドクドクと逸る心臓のままに、とうとう久志が顔を見せる。

頼りない街灯に反射された仄暗い瞳に吸い込まれそうになる。
姿勢をすぐに正せばいいものを、なぜか久志はそのままでいるために、視線の高さがほぼ同じ。

お互いに時間(とき)が止まったように見つめ合うと、ますます桃花は勘違いをしてしまいそうになる。

(……触れたい)

理性が利かなくなって、空いた右手をそっと持ち上げようとしたとき。

「送る」

ひとこと吐き捨て、久志はスッと背筋を伸ばして桃花から離れた。
突然離れていってしまったことに距離を感じると、傷つかずにはいられない。

でも、それを責めることも、求めることも許されない。

「……本当、すみません」

桃花はそう声を絞り出すのがやっとだった。


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