世界でいちばん、大キライ。
「え?どこの人?」

制服姿を驚きの眼差しで見てそう言ったのは、桃花よりはまだ少し背の低い女の子。
背中くらいまでのストレートの黒髪で、猫のようなくりっとした目をしている。

「あぁ……いや、ちょっと。っつーか、麻美(まみ)。靴は脱いだら横に揃えとけっつってんだろ」
「あー。忘れた」
「毎日忘れてんだろ。水も飲んだら冷蔵庫しまえよ。昨日も帰ってきたら出しっぱなしだし」
「……典型的A型オトコは細かいなぁ」
「てめっ……」

桃花の存在を忘れたように、おそらく日常的な会話が繰り広げられる。
ぽかん、と桃花はその場に呆気にとられるように立ちつくす。

麻美は軽く受け流しながら、桃花をじっと見つめた。
その視線にハッとした桃花は、慌てて勢いよく頭を下げる。

「おっ、お邪魔しました!失礼します!」

そうして玄関を後にすると、廊下で一度固まり思考を整理する。

(……コドモ……中学生くらい……?)

「麻美」と呼ばれてた子を思い返す。
距離があった上、突然のことであまりはっきりとは覚えていないが、たぶんそのくらいだろう、と桃花は思う。

ふらり、と一歩足を動かし、先程届けた玄関先に落ちたままの商品バッグを拾い上げる。
それを両手で抱きしめるようにすると、自分の右手を見つめた。

(……手、掴まれた。助けてくれた)

危険な目に合ったときのことよりも、それを救ってくれた時の方が記憶に残ってるし、今もドキドキと早鐘を打っている。
〝金曜日の男〟が触れた手と、言葉を交わした声と顔。

桃花は帰り際に、その助けてくれた男の家の前で立ち止まった。
そして、ちらりと表札を確認する。

(……曽我部(そがべ)、さん)

表札には苗字しか掲げられてなく。麻美という名も、その母親の名も出されてはいなかった。

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