愛なんてない
地元の桜の木よりも濃い薄紅色の花びらを付け、大人の腕でも抱えきれない幅の幹を何度見上げたか。
親に叱られて悲しい時。
おやつが豪華で嬉しい時。
友達と喧嘩した時。
かけっこで一等になって嬉しい時。
わたしはいつもいつもこの桜に話しかけに来た。
だから、この時も桜に逢いに来たのはわたしにとってはあたりまえの行動で。
その桜は堤防からちょっと離れた場所にあり、背の高い雑草に囲まれて人が近づかない。
だから、わたしと家族だけのちょっとした秘密の場所めいていた。
だからまさか桜に向かって泣いてる時、人影が現れるなんて思いもしなくて。
熱い涙でぼんやりする景色のなか、そのひとはわたしの頭を優しく撫でてくれた。
『どうしたの?』
って。
澄んだ綺麗な声で訊いてくれて。
まるで、儚い幻想のように見えたその存在感に、わたしは彼が桜の精かと思ってしまった。
水に溶けた砂糖菓子のようにサラサラとすぐに消えてしまいそうな。