可愛げのないあたしと、キスフレンドなあいつ。

十分に呼吸を整えてから、ゆっくりローファーを脱いで自分の住処にあがった。




マンションの部屋は玄関も部屋も、まるであたしの帰りが遅くなることを見越したように明かりが灯っていた。

今日も富野さんが帰るときにつけていったのだろう。




リビングへ続くドアを開けると、部屋はいつもどおりきれいになっていた。




分別すらしてなかったゴミ箱の中身はきちんと処分されてて。
脱ぎ捨ててあったジャージはちゃんと洗って乾かされて畳まれてて。


キッチンの鍋の中にはコンソメスープ、
冷蔵庫にはミネラルウォーターのボトルが補充してある。


2日分のおかずもタッパウェアに小分けにされて入ってる。


今朝使ったマグカップは当然のように洗ってある。
きれいなシンクは曇りどころか水滴ひとつない。





快適すぎ。





週3のハウスキーピングサービスとか、高校生に金使いすぎ。

ここまでしてあのオバハン、あたしと縁を切らせたがってるのか。







『ニコ?』

『違うよ。ニコちゃんじゃなくて、ニカちゃん』

『ニカちゃんか。……私も聖人みたいに、あなたのことそう呼んでもいいかな?』







そう媚びるようにわたしに訊いてきたひと。





「………死ね、くそババア」





吐き捨てて、着替えすらしないでまた数字の海に没頭した。

今度は円周率じゃなくて、予備校で配られた数学の問題集。




あたしが大好きな、指数・対数の単元。




複雑なルールと戦術を覚えてトリックテイキングゲームに挑むときのように、

頭に叩き込んだ計算法則を駆使すれば、
まるでカードを切るときのように計算の必勝パターンが読めてくる。



ごはんを食べることも忘れて夢中で解いているうちに、時刻はあっというまに日付が変わるところにまでになっていた。




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