姫恋華〜ひめれんげ〜【改稿版】
 それでも、桜を見るために来たのだからと、上さまを始めとする、皆が庭に下りたのは、先ほどの爆弾発言の興奮冷めやらぬ頃だった。

 上さまが御台所としばらく二人になりたいと行ってしまったから、しばらく接待はお役御免のようだった。

 他の藩主からしつこく揶揄されるのもうんざりだったから、和成は一人列から外れて、ほろほろと所在なげに歩いていた。


 はらはらと、はなびらが散る。

 見上げれば、桜色に染まった枝の間に、かすかに青空が見える。

 和成は目を細めて、舞い落ちる、はなびらを手のひらに受け止めた。

 その時だった。

 目の前のつづじの植え込みから、何かが飛び出してきた。

 今受け止めたはなびらを、ぎゅっと握り締め身構えた。

 若い女の声が響いた。

「姫さま。あまり走られては、危のうございます!」

 そして、目に飛び込んできたのは、桜よりも鮮やかな赤。

 袖を振りながら、はしゃぐ少女。追いかけっこでもするように走っている。

 満面の笑顔は、はなびらの中で美しく輝いていた。

 立ちすくむ彼の側を、少女は走り過ぎて行った。彼女の心には、彼の面影さえ残らなかっただろうけど。

 あとを追う腰元が会釈して通り過ぎた。それに応える余裕さえ、今の彼にはない。

 「姫さまあ!」と呼ぶ声が、空に溶けていった。

 しばらくして和成は、彼女らが走り去ったほうを向いた。

 そこにはもう誰の姿もなく、夢のような甘い思いだけが残されていた。

 あの少女が誰なのか、彼には分かっていた。

 それは、先の見えない夢。

 そうだと分かっているけれど。

 想いは止められない。

 これが、堅物と言われる彼の初恋だった。







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