姫恋華〜ひめれんげ〜【改稿版】
「何はともあれ、まずは一件落着ということでよろしいでしょうか」

 くすっと微笑む嵯峨に、宗明が憮然とした表情で「もう御一方がおられぬが」と問うと、

「ええ。斎斗もあれはあれで忙しい身でして……」

「まあ。わたくし、お礼も申しあげておりませんのに」

 おしずがさも残念そうに言うのに、嵯峨はいっそう笑みを深め、「ご縁があれば、いずれまたお会いすることも叶いましょう」と朗らかに言った。

 その美しすぎる微笑みに、おしずがぼーっとなっている。

 そこへ師範代が咳払いを一つ。

「おしず。お茶を淹れてさしあげなさい」

「まあ、わたくしったら気づきませんで。少しお待ちくださいね」

 顔を赤らめながら慌てて部屋を出て行ったおしずを見送ると、師範代は睨むように嵯峨を見た。

「それで、この事態はどういうことなのか。あなたはご存じなのか」

「ええ、ある程度は。しかし事は少々複雑です。すべてをお話しするには時間と皆さんの体力が必要でしょう。どういった経緯で妖(あやかし)がこの屋敷に入り込んだのか。そこに、どういった意図があったのか。調査をしてみなければわかりませんしねえ」

 宗明がずいっと膝を進めた。

「こうして、あなた方が京からおいでになったということは、こういう事態をある程度予測しての事でしょう?」

「ええ。ゆらちゃんの兄上にご連絡いただいたのですよ」

「にいさまに?」

 おむすびを頬張ろうと大きな口を開けたまま、ゆらは嵯峨を見た。

「はい。きっかけはゆらちゃんが物の怪に襲われそうになったこと。それが始まりとなり、この国全体から妖気を感じるようになったのですねえ」

 嵯峨は鈴の喉元を撫でている。

 ごろごろと気持ち良さそうに鳴く鈴。

 そして、まるで大したこともないとでも言うように話す嵯峨。

 話の内容とは逆に、彼らだけが別の空間にいるような穏やかさに包まれていた。

 いつの間にか雨が止んでいた。

 白みゆく空は、久しぶりに見る朝焼けに輝いていた。

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