姫恋華〜ひめれんげ〜【改稿版】
 播磨国某藩の藩主 赤松和成(あかまつかずなり)は参勤交代で江戸に来ていた。

 日本中の藩が財政逼迫(ひっぱく)に喘(あえいで)いでいる中、彼の藩では、彼が藩主となった時からその手腕によって持ち直し始め、他藩から視察が訪れるほどの、立ち直りぶりだった。そのことは今や他の藩主はもちろん、将軍の知るところとなっている。

 二十歳を三つほど越えた彼は、いまだ正室を迎えておらず、優秀な彼は年頃の姫を持つ藩主たちの注目を浴びていた。あわよくば、自分の藩も立て直してもらいたいという気持ちもあるのかもしれない。しかし、彼は堅物だった。評判など我関せずという趣で、いつも飄々として捉えどころがない。浮いた話など皆無で、表立って、当分妻は娶らないと公言しているくらいだった。

 当然、藩主たちは、あの手この手で彼の気を引こうとした。けれど、努力はいつも水の泡。彼からの丁重な断りの文(ふみ)ばかりが返って来る。

 赤松和成とは、そういう人物だった。





「それで、せっかく立て直した財政が、今度のことで傾また傾きそうなんだな?」

 上屋敷の一室で、彼は御納戸の白石と話していた。

「は。なんと言っても、上(うえ)さまをはじめ、御台(みだい)さま、西の丸さま、側妾の方々、そして、そのお子と、総出の行啓でありますから、接待費は莫大なものとなりまして」

 何とも頭の痛い話だった。しかし、将軍自ら出してきた話だったから断ることは出来ない。

 その話とは。

 この上屋敷にある、桜並木の見物だった。

 この桜並木は、上屋敷が造られた当初に、初代の藩主が植えたもので、毎年見事な花をつけることで評判だった。

 その花見をしたいと、将軍が迷惑にも思い立ってくれたから、大変だ。

 それで、先程のような会話になる。

(今回の参勤交代でも何かと物入りだったというのに、まったく気の利かない)
というのが、和成の心境だった。

 白石の書いた目録を見ながら、和成は深い溜め息をついた。

 それでも、とにかくやらない訳にはいかない。

 満開に近くなっている桜。

 花の宴は、もう数日後に迫っていた。






< 9 / 132 >

この作品をシェア

pagetop