およしなさいよ、うさぎさん。
 障子を開けたままの寝室で明るい月に照らされた菖の素肌はいつもより一層白く見えた。まるでお伽話に出てくる儚い姫君のようだが、体温があり血の通った女なのだ。
 篤は「寒くはないですか?」と紳士的なことをお訊ねしつつ、かたい肉の塊を菖のとば口に入れて浅い抜き差しをいたしながら、その顔色をうかがった。

「ふ……わぁ……っ」
「お寒いのですか?」

 両の手を握りしめて、ぬるぬると先端だけをわざと入れたり出したりする度に菖は訳の分からぬ言葉を発して、背を弓なりにさせてしまう。
「さむく……ないです……から、篤さまぁ……」
「なんですか? 菖、なんでも仰ってください」
 篤は真剣に菖を心配する芝居をうって、浅い抜き差しさえ止めてしまう。

「……お、…………く」
「どうなさいましたか?」

 いよいよ事態は困窮した場面にさしかかったとばかりに、篤は真剣な声を出した。
 菖は自分が願っている事が真剣な篤に呆れられてしまわないかと、一気に窮地に立たされる。
 奥まで貫いて欲しい……そう言いたかったのだが、狐に似た篤の目が見開かれて口を真一文字に結ばれているので、菖は目に涙をためて首を左右に振った。
「言いたい事は隠してはいけません。菖は、私に何一つ隠し事をしてはいけないと約束したでしょうが」
 篤の呆れた声に菖は、もしかして嫌われてしまうのでは? と悲しい気持ちになってしまう。
 そんな心情が手に取るように読めてしまう篤は、急に表情を緩めて「おや、いじめすぎました」と菖の涙を舌でからめとる。

「冗談ですよ。ただ、あなたの口からねだられてみたいだけです」
「篤さま……意地悪です」
「御免、言ってごらんなさい。菖はどうやって私に愛されたい?」
 菖はこくんと小さく頷き「奥まで愛してくださいませ」と聞こえるか聞こえないかの小さな声でそう言った。

「わかりました。奥の奥まで愛しましょう」

 上体を傾けてじっくりと味わいながら、菖を貫くと芝居などうつ余裕もないくらいの快感にすっかりと支配されてしまった篤は「ううっ」と苦し紛れの声をあげて、危うく射精してしまいそうになるのを耐えながら、菖の要望通り奥に何度も突き立てた。
「あっ、あ、あ、あ、あああ……」
 菖が口を大きく開いて、指にぎゅうと力が入ると、程なくして肉壁が射精をうながすような動きをしたので、篤は我慢できずに極上の快楽と共に精を吐き出した。最後の一滴までをしかりと体内に入れたことで、篤は満足そうにずるりと落ちて、菖を腕に抱きしめると「おやすみなさい、菖」と優しい声を出す。
 菖は少し頭を浮かせて「もう……よろしいのですか?」と言った。
「これは驚いた。菖はまだ足りませんか?」
「い、いいえ! そのようなことはありませぬ。菖はもうすっかり満たされておりますが、篤さまは…………その、何度もなさるので……」
 篤は可笑しくなって菖の額に唇をつけた。
「本当はまだ楽しみたいところですが、明日は実家に参らねばなりません」
「ご実家へ?」
「はい、父に呼びつけられました。どうせなので、菖との祝言の日取りも決めて参ります」
 祝言、と聞いて、菖はいよいよ本当に篤さまのお嫁になれるのだと嬉しくおもう。
 今の現状は、ただの居候という些か中途半端な立場だ。篤は気にしなくていいとおっしゃるが、菖は肩身の狭い思いをしていた。
 お嫁になれば、こうして篤さまのお隣で眠ることも、同じ床でお食事をすることも、気兼ねなくできるようになれるはず。そしてできることなら、それが一生続き、このお優しい方に自分の生涯を全て捧げて尽くしていきたいと願っていた。
「篤さまの御父さまは、菖をお嫁にすることをゆるしてくださいますでしょうか……それに菖のお家の方がたも……」
「心配はいりません」
 篤はそれだけしかおっしゃらないので、何か根拠がおありなのでしょうか? と菖は不思議に思ったが、篤がもう眠そうにしていたので「わかりました。おやすみなさいませ、篤さま」と逞しい胸に頬をよせた。





 翌朝、菖が目を覚ますと篤はお庭の真ん中で散髪をしていた。
 たすき掛けした多江が剃刀で丁寧に、髪を短くしていた。
「篤さま、おはようございます」
「おはよう、菖。そちらを向けなくてすまないがよそ見をすると多江にざっくりとやられてしまうもので」
 多江はむっと唇を突き出した。
「父は髪型に煩いお人です。私の長く伸びた髪では叱られてしまいますので、実家に帰る時は散髪をします」
 菖は納得したように「はい」と元気な返事を返した。
 男性の方にしては少し長いとかんじていた髪が短くなり、篤がとても勇ましく凛々しくお見えになられたので菖は障子に寄りかかりながら「はあ」と悩ましい声をあげて、その姿を見つめていた。

「さあ、終わりましたよ。菖さま、正面から好きなだけ見つめてさしあげてください」

 髪の長い篤もたまらなく素敵だったのだけれども、こちらもとても素敵に見えて、菖は結局、篤さまは何をされても素敵なのだ、という結論に行き当たり、お庭の真ん中で篤に抱きしめられて、胸が縄にしめつけられるようにきゅうきゅうと苦しくなったのだ。

 篤の実家までは馬車を使えば、すぐにたどり着ける距離だ。そもそも第三邸宅は別荘としてではなく、鷹狩りを日暮れまで少しでも長く続けるためだけに一番近い町で寝泊まりする為建てられた邸宅なので、それほど距離が離れているわけではないだ。昔は馬車などなかったので、需要があったが、今はほとんど必要がなくなり篤の住処となっている。

「夜には戻ります」

 着物に羽織、そして短髪に山高帽をかぶった篤に「いってらっしゃいませ」と深々と頭を下げる菖。
 篤は幸せそうに微笑み馬車に乗った。その隣には多江も座る。
「留守番頼みました」
 多江はハツとユウに厳しく言いつけると「いって参ります」と菖に手を振った。

 二人を乗せた馬車がいつもの道に消えてしまうまで菖は頭を下げて見送った。

「ハツさん、ユウさん」

「いかがなさいましたか? 菖さま」
 声をかけられた二人は姿勢を低くして菖の言葉に耳をかす。
「篤さまがお帰りになるまで、菖にお料理を教えてくださいませんでしょうか。多江さんに、お願いしても篤さまのお嫁になるのでしたら、料理はしなくていいのです、とおっしゃいまして、菖を調理場にいれてくださいませぬゆえ」
 ハツとユウは顔を見合わせた。
「ですが、大好きな篤さまに菖がつくったお夕食をめしあがっていただきたいのです……一度でいいので」
 俯いて語尾を弱めた菖に心を奪われた二人は「やりましょう、菖さま」と手を握りしめたのだ。



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