佐藤くんは甘くない


顔を隠すように覆っていた腕をゆっくり下ろして、固くつむっていた目をゆっくりと開ける。すぐそこまで私を追いつめていた佐藤くんの姿が、ずいぶん遠くにあった。

佐藤くんは、ぽかんとする私をくすっと小さく笑うと、


「いいよ、別に。もう怒ってない」


いたずらが大成功した子供みたいな笑みを浮かべる。


あっさりしすぎて、拍子抜けした。

きっかけは佐藤くんだけど、原因は私だ。全面的に私が悪いのだから、佐藤くんに一発殴られるくらいの覚悟はしていたんだけど……。


佐藤くんは目を伏せて、それから顔をゆっくりあげる。

決まりが悪いのか、私から視線を逸らしたまま。


「結城が怒ったのは、俺の……せいだし。もともと、怒られるのは俺のほうだった。けど、結城は人がいいから、自分が悪いんだって思ってる。……違う?」

「……あはは」

返事の代わりに、ひきつった笑みをお返ししてしまった。いつの間にか、佐藤くんは私の感情すら読み取るようになってしまったようだ。


「本当は、演劇なんか全部無視して、結城に聞きたいこといっぱいあった。終わって緞帳落ちた時、視線があった、でしょ」

「……ああ、そういえば」

「あの時、結城の手引いて、逃げようかなって割と本気で考えた」

「……」


ちょっと血の気が引いた。

すると、佐藤くんがそんな私を見てか、安心させるような柔らかい口調で、


「でも、結城にも何か理由があって、あんなこと言ったんだって、信じてたから結局やらなかったけど」

「そ、そうですか。よかったです」


実際にあったわけじゃなかったけど、そのあったかもしれない出来事を想像して背筋が凍った。


最後の最後でそんなことが起こったら、舞台が台無しになっていたかもしれないのだ。


佐藤くんの気持ちに感謝しなくては。


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