大好きな君へ。
翔が飛び立つとき
 夏の終わりの風物詩。
結夏の楽しみにしていた花火大会が始まる。

今年は一週間早いけど、毎年八月の最終土曜日に花火大会があったんだ。
あの年は結夏の誕生日がその開催予定だったんだ。


手元にはその日に提出する予定だった婚姻届けもあった。
だから僕は結夏の喜ぶ顔が見たくて、つい張り切ってしまったのだった。


パスタも作った。
結夏のために二十本の蝋燭と、おめでとうとチョコペンで書いたメッセージを添えたケーキも用意していたんだ。

でもいくら待っても結夏は現れなかった。

まさか、その約二ヶ月前に亡くなっていたなんて……


僕は本当に何をやっていたのだろうか?

今思い出そうとしても、其処だけ抜け落ちているような気がしてならない。




 僕は結夏と約束した体育教師になるための用意をしていたのだった。


ニューヨークの両親に会わせたいから、婚前旅行で訪ねることにした。

だから、その資金を捻出するために家庭教師のアルバイトにも精を出していた。


僕の場合は、スポーツ科学科専攻の経歴を活かして運動指導員だった。
これが結構沢山の依頼があったから驚きだったけど……




 まさか叔父に、結夏と結婚するためのお金を貸してくれなんて言えない。


噂の大女優にも頼めるはずもない。

だからコツコツ貯めるしかなかったのだ。

そのためにアルバイトも掛け持ちした。
そんなこんなで急がしくしていたら時間が経ってしまったのだ。


結夏のことを蔑ろにした覚えはない。
それでも、僕が結夏の消息を訊ねなかったのは事実だ。


一番大切な……
恋人だったのに……




 『お天道様が見てる』

結夏は常に言っていた。


だから僕はカーテンを付けたんだ。


結夏はあの日、その隙間から見える風景を満喫していた。


『此処から花火大会を見物したいな』
そう言いながら……


結夏が気にしていたのは太陽だけではない。
一番は人目だったんだ。
それは僕を気遣っていたからだ。


突然僕が芸能界を引退した理由を結夏だけには教えていたんだ。

大好きだったソフトテニスを封印した訳も。


だから結夏は、僕に迷惑を掛けたくなかったのだ。

でも、あの日弾けた。
僕が結夏にプロポーズしたからだ。
もう何も隠す必要が無くなったのだ。


僕は結夏と花火見物と誕生会と形だけの結婚式をこの部屋でやることを約束した。
だから結夏をずっと待っていたのだ。




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