大好きな君へ。
 でもあの日。
隼とカーテンを選んでいた時に、突然プロポーズされた結夏さん。


あまりに嬉しくて、結夏さんは母親に電話をした。


その時、初めて隼との間に子供が出来たことを打ち明けらるたのだとおばさんは言った。


ストーカー被害に悩んでいた結夏さんに、やっと訪れた春。


そう喜んだのも束の間。

その数時間後、結夏さんは帰らぬ人となったのだった。


『隼に迷惑を掛けたくない』

結夏さんはそう言ったそうだ。
隼が身を隠すように生活していたことを結夏さんのご両親も知っていた。
だから何も連絡しなかったのだ。

それが結夏さんの希望だと、おばさんは考えたからだった。




 外はまだ暗い。
そんな中、私はキッチンに立った。

隼人君を賽の川原から救い出す最後の儀式の準備をするために、研いだお米を炊飯器に入れた。

昨日の夜はご飯を炊けなかった。
それはこの炊飯器を、隼人君だけのために使用することに決めたからだった。


本当に賽の川原から救い出せると私は信じているからだ。


でないと、私も隼も一歩を踏み出せない。
そう思った。


この炊飯器を用意してくれたのが、隼の叔父さんなのかそれとも結夏さんなのかは怖くて聞けない。

何だか聞いちゃいけない気がするんだ。

元々あったなんて有り得ないから、叔父さんだと思うことにしたんだ。

それは私の気持ちを落ち着けるためだった。




 炊き上がりを待ちながら蝋燭や線香なども用意する。


僅かな音にも慎重にことを運ぶ。

お陰で隼は起きなかった。
でも、本当は起きていたんだ。

耳を澄ませると、すすり泣く声が聞こえていた。

でも私は知らない振りをして、サンドイッチの具材を用意していた。

何故サンドイッチを選んだのか? それは余らしてお弁当にするためだった。
これで一食分のお金が浮く。
私はそんなことを考えていたのだった。




 八月十五日から数えると、三十六日目だ。


毎日欠くことのないように私達は朝早くから同じ部屋にいる。

でも今日は特別に早い。
それはこれから二人で念願だった秩父札所へお遍路に旅立つ予定だからだ。


隼人君之霊と書かれた紙を菩提寺で供養してもらうために、一緒に巡礼をしてくるのだ。

そう……
それが隼の本当の目的だったのだ。
私はただ……
隼の傍にいたくて付いて行くだけなのだ。


父が知ったらカンカンになって怒るだろう。
私はまだ嫁入り前の乙女だったのだから。




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