大好きな君へ。
 結夏さんのカーテンから晴れを確認する。
二人で此処に集まることも今日で終了する。
何だか早すぎる気がしてならない。


もしかしたら私は隼の傍に居たくてこのような儀式を進言したのかも知れない。


その証拠は私からのキスだ。
こともあろうに私は、身を清めなくてはいけない日に隼を徴発したんだ。


隼が諌めてくれたから良いようなものの……私はかなり落ち込んでいた。




 そんな動揺を隠しながら、隼が気遣わないように平然を装おう。
それが唯一私の出来る罪滅ぼしだから……


隼と、隼人君を救い出す前に子供を宿す行為をしようとしていた私。
それでも疼く。
隼が欲しいと心が頭が喘いでいる。

口では尤もらしいことを言って、やってることは最低だ。
そう思っていた。




 隼を起こせば、いよいよ強行スケジュールの決行となる。

私はそっと隼の入っている寝袋を揺さぶった。


本当は起きていたくせに、目を擦りながら大あくびをする隼に私は思わず微笑んだ。




 隼人の霊と墨で書かれた半紙と段ボールでつくられた慰霊のための物を南に置いてから、炊き上がったご飯をよそり蝋燭と線香と水と一緒にお備えした。




 「おんあぼきゃべいろうしゃのうまかぼだらまにはんどまじんばらはらばりたやうん」

光明真言を一度唱える。
これは所謂密教のご真言で、正式名称は不空灌頂光真言。



「おんかかかびさんまえいそわか」

次に地蔵菩薩真言を三度唱える。


心を込めたお祈りが済んだら、いよいよ出発の準備だ。


五日分の下着とパジャマとタオルやティシャツなどをスポーツバックに入れる。
行き帰りの上下に着替えて洗濯機を回す。
それを干してから荷物を手にした。


胎児と言えど人なのだと私は思う。
だから供養してあげたいのだ。
たとえそれによって祟られようと構わない。

結夏さんと隼人君を六道から救い出して、隼人君の霊を鎮めるために……




 六道とは、地獄道餓鬼道天道人間道修羅道畜生道のことを言う。

一説には、天狗など魔界に落ちたものを外道と言うらしい。

私も浮かれ過ぎて道から外れないようにしなくてはいけないと思った。
そう……
私は浮かれていたのかも知れない。


結夏さんと流れた胎児のことで悩んでいた頃、あの二つの真言と出会ってこれで苦しまなくて良いって感じたのだ。
それはきっと隼に振り向いてもらうための口実。
私はただのエゴイストだったのかも知れない。




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