大好きな君へ。
一日目の宿へ
 其処を真っ直ぐ進むと三角形の土地があった。

左に行くと四番。右に行くと五番と記された案内板があった。

僕達は左に曲がった。




 僕はさっき札所三番濡れ縁に安直してあった子持ち石を触って泣いた。

その石がまるで結夏と胎児のような気がしてならなかったのだ。

優香も触って、その後で自分のお腹に手を持っていった。

きっと、自分の子宮で育てたいから此処においでと言ったのだと感じた。


そんな優しい優香に僕はもう一度泣かされたんだ。


三十センチメートルほどの自然石で、形が赤ん坊に似ているので、抱けば子宝に恵まれると言われていると聞いた。


でも勿体なくて抱かせてくれなんて言えなかった。

だから優香も気にしていたんだ。
優香は本気で僕との子供を望んでいるのだ。


嬉しいんだ。
嬉しいんだけど、まだ早い。


結夏の時のように、優香を傷付けたくないんだ。
本当に大切な大切な僕の宝物だから……




 次の角は札所四番の山門へと繋がっていた。

でもそれは大きな草鞋の掛けてある仁王門だった。


「おん、まか、きゃろにきゃ、そわか」
札所四番金昌寺でのご真言は少し違った。


無人のお寺だと聞いていたので全て唱えようと思っていたが、本堂の外れに安直してある観音様に惹かれていた。


僕はその前に立ち尽くしてしまった。


「綺麗な観音様」
その声に驚いて振り向くと、目頭を押さえた優香がいた。


「まるで……結夏さんみたい」

その観音様は慈母観音像と言うそうだ。
後ろの台座に蛙がいて、キリスト経聖書の中に登場する大天使ミカエルと解釈される。
だから隠れキリスタンのマリア像だと評判だったのだ。


「本当に綺麗な観音様だね。でも僕には結夏ではなくて、優香に見える。きっとこの姿は未来の君なんだと思うよ」


「嘘よ。私こんなに綺麗じゃない……」

口ではそんなこと言いながらも、優香は泣いていた。
慈母観音像の胸に抱かれている子供の像を見つめながら。




 奥の院へと向かい、仏様に合掌した後に納経所へと向かおうと坂道を下った。
数あまたの石仏の横を通り一回りすると、坂の向こうに先ほどの慈母観音像が見えた。


僕はもう一度合掌して、結夏と隼人の成仏をひたすら祈った。


なだらかなスロープの坂道を抜けるとさっきの大きな草鞋のある仁王門前に出る。


その横の駐車場の脇に納経所があった。


其処から真っ直ぐ伸びた道を進んで、又同じ角を曲った。
< 120 / 194 >

この作品をシェア

pagetop