大好きな君へ。
 あの日の優香との会話の中で、叔父が優香に土下座をしたことを思い出した。


叔父は優香に本気で謝ってくれた。
本当は優香が、ブランコに乗っている僕の後ろから近付いて来たんだ。


避けられない事故だったんだ。
でもそんな言い訳が通じる相手ではないと判断したようだ。


叔父は両手をしっかり地面に付けて、尚且つ頭も擦り付けるように謝罪していた。

子供心に、とんでもないことをやらかしたと思ったものだった。


だからって言う訳ではないけど、僕は叔父が大好きなのだ。
でも僕は優香から聞くまで、そのことを忘れていたのだ。


何故そんな大事なことの記憶がなかったのかは定かではない。


きっと思い出したくない過去だったから封印していたのだろう。


その後で僕は又、原島先生の手を煩わせることになった。
朝早くから保育園の前で待っている僕が放って置けなかったようだ。


だから僕は、何時も原島先生の傍を離れなかったんだ。
大好きな優香ともう遊べない。
その事実を少しでも忘れてしまいたかったのかも知れない。


そうだよ。
僕が大好きなのは、今も昔も優香だったのかも知れない。




 あのオンボロアパートは、学生時代の拠点だったそうだ。
叔父は僕と同じ大学出身だったんだ。

その頃はまだ青田刈りって生き残っていたようだ。
昭和三十七年の流行語にも選ばれたこの言葉。

企業が学生を抱え込むことを、青い田んぼのうちに買い取る青田買いになぞらえたそうだ。

叔父は優秀な生徒だったので、優遇されていたようだ。


でも叔父は決して傲らなかった。
初心を貫くために、彼処で暮らしていたのだった。




 叔父は誰にも頼らず生活していた。

自炊もしていたんだ。
ただ僕は叔父の後ろ姿を見ていながら、それらを身に付けてこなかったんだ。

悔やまれるよ。
だってまさか、叔父から離れて生活するなんて思いもよらなかったんだ。


僕の朝は相変わらずサンドウィッチ系パンと牛乳から始まる。
優香のことを思いながらも、結夏のしがらみから抜け出せない。
結夏にも優香にもすまないと思いながら……
僕は生きて行くしかないのだろうか?




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