王太子殿下の溺愛遊戯~ロマンス小説にトリップしたら、たっぷり愛されました~

エリナは目を閉じたまま、小説の中で、ずっとキットの側で生きる自分を想像してみようとした。

だけどそんな想像の中ですら、彼と幸せになることはできないのだと思い知らされる。


エリナは公爵家の侍女に過ぎず、キットは王国の王太子なのだ。


しかも、300年以上も前の昔から心待ちにされていた、神託によって選ばれた王子である。

彼に泣いて懇願したとして、エリナがなれるとしたら、せいぜい大勢いる愛人のうちのひとりと言ったところだろう。

正妃をもつキットの側で彼に愛されるのを待ち続け、彼がこちらを向いてくれたときでさえ、今度はいつその寵愛を失うのかと怯えて暮らす。


そんな暗い将来を想像しても、それでもキットの側にいたいと思うのは、どうしてだろう。


閉ざした瞼の裏側に、身体の奥から溢れ出てくる想いが次々とせり上がってくる。

濡れた瞼を開くと、空色の瞳から涙がこぼれ落ちた。


「……好き、なんだなあ」


誰かを想って泣いたのは初めてだった。

初恋があんな終わり方をしたときでさえ、先輩を想って泣いたりはしなかった。


エリナの頬を伝う雫が、胸の前に置かれた小瓶の蓋に落ち、開かれた隙間に吸い込まれるようにして消える。
< 210 / 293 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop