厄介なkissを、きみと

「あゆ」

不意に名前を呼ばれた。

それは、私の指先が車のドアに触れるのとほぼ同時だった。


「……な、に?」

ゆっくりと視線を移すけれど、やはりそれは、ハンドルに掛けられた翔平の右手でとまる。


名前を呼ばれたときに右肩にのせられた、翔平の手のひらを警戒しているのだろうか。

体じゅうに力が入った。


外は、雨。

車に打ちつける雨が一段と激しくなる。


それでも、

「あゆみ」

私の名前を呼ぶ翔平の声は、はっきりと聞こえた。


「……だ…から、…なに?」

私の声は、かき消されてしまったというのに。

< 19 / 32 >

この作品をシェア

pagetop