ラブレター
第6話

 最後の手紙を受け取ってからの結衣の表情は劇的に変わり、穏やかな顔をしていることが多くなる。内容に書かれてあったように罪を許して貰ったと思ってはいないものの、自分の思いが届き相手からも優しい言葉を貰い嬉しい気持ちにならざるを得ない。加奈も手紙を読み我が事のように喜び涙する。
「改めて思ったけど、この人ってホント優しいよね。結衣は良い被害者の恵まれたね。変な表現になるけど」
「私自身ホントそう思う。だからこそ、そんな人から大事な一人娘を奪ったことを申し訳なくて、罪の重さを痛感する」
「そのための刑務所なんだし、痛感してなんぼでしょ? いいんじゃない、罪を感じこれからもずっと苦悩するのも」
「そうね……」
 手紙をみつめながらじっとして動かない結衣を見て、加奈は気になっていることを切り出す。
「ねえ、結衣。この手紙の返信はどうする? 相手はこれが最後の手紙って言ってるし、自分のことは忘れてくれってなってるでしょ? 手紙を書くべきか悩むところじゃない?」
「うん、私もそれをずっと考えてた。返すことが藤本さんの意に背くことになるんではって思う反面、最後と言うのなら尚更ちゃんとした手紙を書いて締めくくりたい」
「だよね。私も基本返信した方がいいかなって思う」
「うん、じゃあ、今から書こう! 最後になるからできるだけ思いのたけを語ったものにしたい。加奈も協力してよ?」
「もちろん。私も手紙読ませて貰ってるし、今や完全に当事者気分だもん。最高の手紙を書こう!」
 頼りがいのある加奈の言葉を受けると、結衣は便箋を取り出しペンを握る。


『藤本様

 寒さ身に染みる昨今、お身体に変化はございませんでしょうか?
前回頂いたお手紙を拝読させて頂きました。大変心温まるお言葉の数々、申し訳なくも感涙の思いでございます。
藤本様のご心中憚られ、胸が苦しくなることがあれど、恨んだり傷ついたりはございませんでした。
むしろ、私に様々感情を吐露して頂き、幾ばくか藤本様の溜飲を下げることになれば幸いと思っておりました。
私は何を言われても一つの反論すらできない身。それだけ罪の重いことをし、藤本様を傷つけてしまったのです。
それは、どれだけの謝罪の言葉を並べ立てても許されることのできない所業なのです。
私はこれからも麻友さんに対して行ってしまった行為。藤本様の心の傷。全て忘れることなく生きて行きます。
それが今の私にできる最大限の謝罪行為だと思っております。
私事になり恐縮ですが、事件後私は家族を失った身。これからも藤本様への謝罪の念のみを考え生きて行けます。
藤本様のおっしゃられた通り、ずっとずっと事件のことは忘れず生きて参ります。
僭越ながら、藤本様におかれましては、どうか明るく幸福な未来が訪れる事を望んでおります。
不幸にした張本人が言ったところで何の意味ももたないかもしれませんが、心の底からそう祈っております。
前回頂いたお手紙で最後とのご意向なので、私からも今後の手紙は控えさせて頂きます。
どうか、心の傷が癒え、藤本様にあらんばかりの幸福が訪れることを遠巻きながら願っております。
ただ、もし再び私を恨む気持ちや怒りが現れたときは、ご遠慮なく手紙をお送り下さいませ。
上記お約束した通り、私は生涯を懸け藤本様に謝罪して行く所存にございます。
最後になりますが、重ねて藤本様及び麻友さんにしてしまった行為、本当にすみませんでした。
私は一生藤本様達の事を、犯した罪を忘れることなく生きて参ります。
藤本様におかれましても、どうかお身体を十分ご自愛し、健やかなる日々を送れることを願いつつ筆を置かせて頂きます』

 手紙を書き終えると綺麗な封筒に入れる。加奈も内容に満足しており笑顔で頷く。
「これが最後の手紙になるのかもしれないんだよね。結衣、ちょっと寂しいんじゃない?」
「うん、実はちょっと寂しい。加害者と被害者の関係だし、こんな事を言う自体不謹慎だとは思うけど、少し好きになってた」
「分かる。私もリアルで会ってたら惚れてるレベル。イケメンなら尚良し!」
「ああ、法廷で何度か見たけど、イケメンだったわ」
「マジで? いいね~、ちょっと住所控えさせて貰っていい?」
「ダメに決まってるでしょ? 個人情報です」
「ずっと手紙の内容見せておいて個人情報を語りますか? 偉いもんですな~」
「うっ……」
 加奈の反撃にひるみつつも藤本の個人情報は守り、思いのたけを込めた手紙を刑務官に渡した。

 最後の手紙を書いてから数ヶ月。五月病とは無縁な刑務所内で迎える温かい昼下がり、結衣と加奈はいつものベンチに座り日光浴をしている。送って間もない頃は僅かな期待をしていたものの、藤本からの手紙は完全に途絶え少し寂しい気持ちなっていた。今となっては夢のような時間であり、謝罪文とはいえ心を通わせた相手の事を忘れるこはできない。流れる雲をボーっと眺めていると、加奈が話し掛けてくる。
「結衣? もしかして藤本さんのこと考えてる?」
「えっ、ああ……、うん。まあ」
「それは、加害者として被害者を思ってのこと? それとも一女性として想ってる?」
「いやらしい質問の仕方するね。両方あるけど、正直言うと、後者の気持ちが強いかも。身体大丈夫かな? とか、ご飯ちゃんと食べてるかな? とか考えてるから」
「それを世間一般では『恋』っていうんじゃないの?」
「あはは、そうだね。そうだと思う。間違いなく叶わない恋だけどね」
「そうかな? 人の想いって時とともに変化しいくものだと思う。藤本さんだって手紙のやり取りを経て変わっていったでしょ? 今後どうなるかなんて分からないよ?」
「気持ちの変化は分かるけど限度があるでしょ。娘を殺した私を好きになってくれるなんて絶対にないよ」
「まあ、ハードルが高いの確かだけど、絶対は言いすぎ。私は手紙のやり取りをリアルタイムで見たから余計に感じるけど、結構脈アリだったと思うよ」
(脈アリ? それはない。ある訳がない。麻友さんを殺した私を想ってくれるなんて……)
 何て言い返していいのか分からず黙りこんでいると、刑務官から声を掛けられ一通の手紙を手渡される。
(まさか……)
 急いで宛名を見ると、そこには懐かしい藤本の名前が記されている。
「加奈! 藤本さんから手紙来た!」
「嘘!? マジで? 早く開けて早く!」
「急かさないで、検閲かかってるからもう開いてるし。まず落ち着いてベンチに座ろう」
「了解!」
 並んでベンチに座ると、加奈にも読めるように膝に置いて手紙を開いた。

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