ラブレター
第7話

『唐沢様

ご無沙汰しております。初夏迫る心地良い季節、お元気でしょうか?
私はこの春より新しい職場に就職し、新しいスタートを切りました。
二年近く引きこもっていたため、人と接することに不安がありましたが、
今では社内の皆ともなんとか上手くやっています。
入社してから最初の一ヶ月は大変で、右往左往して帰宅しては倒れて寝ての繰り返し。
お陰様で変な事を考える余裕もなく仕事に邁進できました。
五月に入り、仕事にも慣れ時間に余裕が出たとき貴女のことが頭に浮かびました。
それは恨みとか怒りからとかではなく、純粋にどうしているのかという思いでした。
どうもこうも刑務所で服役している唐沢さんに対して失礼かもしれませんが、
単純に僕自身の近況報告をしたくて手紙を書いているって感じでしょうか。
謝罪の手紙から始まった文通でしたが、途切れてしまうとどこか寂しいもんで、
手紙のなかったこの半年は、ちょっと張り合いの生活でした。
考えるまでもなく怒りにせよなんにせよ、いろんなことを言える相手は唐沢さんだけでしたから。
語弊があるかもしれませんが僕にとって唐沢さんは物言うサンドバッグみたいなものでした(笑)
叩いて言い会う相手がいないと言うのは、どこか寂しい感じがしました。
文通当時、加害者だから何言ってもいいなんて考えてもいませんでしたが、
結果貴女をたくさん傷つけたんだろうなと思うと今更ながら恥ずかしいです。
前回、これが最後の手紙と書いておきながら、またこのような手紙が届き、
唐沢さんも戸惑っていると思います。
でももし唐沢さんがよければ、こうやってたまに近況報告というスパーリングができたら、
僕も生活に張り合いが出るかなって考えてます。当然ながら、ご迷惑なら返信は構いません。
僕からの手紙で唐沢さんが苦悩するようなことになると気の毒なので。
とりとめのない内容で申し訳ありませんが、近況報告ということで。それではまた』

 読み終えると二人は無言で見つめ合う。結衣は再び手紙に目を落とすと、もう一回読み加奈を見る。
「ねえ、加奈。これって普通に文通希望の内容にしか読み取れないんだけど?」
「うん、まごうことなく文通希望っぽい。しかも事件の事をほとんど触れずフランクで明るい感じ。なにか心境の変化でもあったのかコイツ」
「ちょっとビックリだよね。予想外過ぎるお誘いだし。ねえ、これって返事書いていいんだよね?」
「当たり前でしょ? 向こうが望んでるのに返さない訳にはいかないでしょ? って言うか、結衣自身願ったり叶ったりでしょ?」
「うん、すっごい嬉しい」
「あらあら、こりゃ文通から恋への展開になるんじゃないか? 羨ましいな、おい」
「ちょ、茶化さないで。前も言ったけど、それは流石にないって」
「いやいや、マジで有り得るって。この文面からは好意しか読み取れないし」
「まあ、嫌われている感じはしないけど、好意とまではどうかな? 単純に近況報告って書いてあるしね」
「いや~、まだ夏前だってのに、ここは熱いね~」
「いい加減にしないと怒るよ」
 抗議しつつも結衣の顔は赤くなり、それを加奈に指摘されると輪をかけて耳まで赤くなっていた。返事についていつものように相談するも、ここから先は二人の想いが深く絡んできて責任が取れないと断られる。真っ白な便箋を前にして結衣は悩む。
(どう切り出していこう。あまり重苦しい感じではダメだし、かと言って事件について全く触れないのも失礼だ。いつも通り謝罪の気持ちを表しつつ、私の近況を書くべきか……)


『藤本様

初夏の候、いかがお過ごしでしょうか。突然のお手紙を頂き大変驚きました。
前回のお手紙が最後と思い過ごしておりましたので、再び罪のそしりを賜るのかとも考えました。
しかし、内容が藤本様のお元気そうな近況報告で嬉しく思いました。
そして、再び私を気にかけて頂くお言葉の数々、本当にありがとうございます。
今を以ってしても、藤本様に抱いております謝罪の念は変わることなくございます。
私を傷つけたなどと、どうかそのようなことは考えなきようお願いします。
私はただ藤本様の痛みや恨み、怒りや悲しみを一身に背負うのみでございます。
これからも、胸に押し込めた感情がありましたら、どうぞ吐いて下さいませ。
私はそのために存在していると言っても過言ではないのですから。
お手紙にあった近況報告についても同様で、藤本様がお元気になられるのでしたら、
私はいつでもお手紙をお待ちしておりますし、僭越ながら思ったこと等を記し返信致します。
藤本様がおっしゃったように、私はサンドバッグになって全て受け止めさせて頂きますので。
私の方はと言うと、日々変わらぬ生活を送っており報告するようなこともございませんが、
寮の中で出来た友人と仲良くなり、穏やかな日々を送っております。
藤本様は入社したばかりで、まだいろいろと大変とは存じますが遠方より応援しております。
くれぐれもお身体には気をつけて、健やかに日々お過ごし下さいませ』


 無難にまとめた手紙を読み返し、加奈に添削を頼もうとするも、事前の宣言通り断られ自身で書いたままの内容で出すことにする。一週間後、嬉しい予想と共に藤本から新しい手紙が届く。加奈はそれだけでニヤニヤしており結衣は顔を赤くする。今回から封筒と便箋のデザインが変わり、ちょっとおしゃれな感じの色合いをしている。今までとは違う意味で緊張しつつ手紙を開く。


『唐沢様

前略、お手紙を送って頂きありがとうございました。
突然の手紙で且つ唐突なお願いだったので、困惑されたのではないかと心配しておりました。
でも、普通に返信して頂きホッとしました。
これからも手紙を通じていろいろとお話できれば嬉しく思います。
さて、早速ですが、僕のどうでもいいことをお話ししたいと思います(笑)
今一人暮らしをしているわけですが、僕は料理が全くできません。
ですから、必然的にご飯はコンビニやスーパーの弁当とかになっています。
たぶん知らないとは思いますが、麻友が生きていた頃は母親代わりと言えるくらい、
親しくしていた女性がおりました。平たく言えば彼女ですね。
麻友も懐いていていつかは結婚も、と視野に入れていました。
でも、あの事件が起こる半年以上も前に喧嘩別れてしまい、以降寂しい食生活を送っています。
もし別れていなければ、僕にも麻友にも違う未来が開けていたのかもしれません。
ちょっと重い話ですいません。愚痴ってことでご容赦下さい。
まあそんな訳で、只今美味しいご飯を作ってくれる彼女を求め、合コンとかにも積極的に行ってます(笑)
でも僕はわりと口ベタで人見知りも激しいので、なかなか上手くいきません。
何か女性を上手く口説けるテクニックやアドバイスがあれば宜しくお願いします!
ここだけの話、ホント、ご飯の件は切実なんで……(笑)
お手紙でのアドバイス、楽しみにお待ちしております。

草々

P.S僕の事は藤本様じゃなく、慎吾でお願いします。苗字で呼ばれるが苦手なんで』


 手紙を読んでいる最中、なんどもクスりと笑ってしまい。他のメンバーからチラチラ視線を送られる。
(前にも増してフランクになって笑い要素も増えてる。事件のことにもちょっと触れてるけど、メインは明るい話だ。ホント、藤本さん変わったな……)
 早速便箋を取り出すと、いつものように書き出し始めて手を止める。
(そっか、藤本様じゃ嫌がられるんだ。慎吾様、でいいのかな? パッと見、年下だったし、慎吾君? ってこれは馴れ馴れしいか。ふふっ)
 ニコニコしながら便箋に向う結衣を見て、加奈は終始ニヤニヤしっぱなしで見守っていた。

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