Again
普段忙しい仁も週末は休んでいる。たまに土曜日に出勤をすることがあるが、基本的に週末は休みをとっている。

葵は、カレンダー通りに休みにならないホテル勤務だが、広報課という事もあり、イベントなど広報が必要な時以外は、仁と同じく週末は休みになる。

かれこれ結婚して数か月。葵にとって、この週末が地獄だった。なんの会話もない仁と二人きりで過ごす週末は、拷問だ。

結婚までの時間で、こんな苦痛が待っていようとは思っても見なかった。救いなのは、二人では広すぎるマンションで、お互いの気配を感じずに済んでいることだ。

いつもより少しゆっくり起きると、パジャマから部屋着に着替え、葵は部屋をでる。リビングはしんとしていて、仁が起きた気配はない。ドアを開けて、頭だけ出すと、頭を左右に振って、仁がいないことを確認している。まだ寝ているようだ。広い部屋、少しくらい物音を出しても聞こえることはないだろうが、ゆっくり寝かしておこうと気遣い、静かに家事を始める。

冷蔵庫の横にかけてあるエプロンを着け、家事室で洗濯機を回し、リビングでテレビをつける。土曜日に放送している旅番組を葵は楽しみにしている。ホテルの勉強にもなるし、情報収集の為でもある。

気を遣いながらテレビを観ていて、音量は小さくしている葵は、ボーナスで自室にテレビを買う事を計画している。

キッチンで朝食の支度をする。朝食は、その日の体調、気分でご飯かパンのどちらかだが、週末はパンのことが多い。

今朝は、昨晩作っておいたポトフとフルーツ、スクランブルエッグとハムを焼いた。パンはホテルのベーカリーがお気に入りで、毎回そこで買ってくる。今日は、クロワッサンだ。

支度の出来た葵は、トレイに食事を載せて、テレビの前のサイドテーブルに持って行く。始めは仁も起こした方がいいのかと迷って、そのことを仁に聞いたが、気を遣わなくていいと返事があったので、起こすことをしない。



「いただきまーす」



と、囁くような小さな声で言う。

一人テレビを観ながら、朝食を食べる。実家にいた時は賑やかだった。成長期で大飯ぐらいの双子の弟達と食べ物の取り合い。母親の恵美子に怒られながらも、最後は葵に譲る優しい弟達。テレビをつけていても音が聞こえないくらい賑やかだった。

今、テレビが食事相手だ。それも結婚して三か月も過ぎれば悪くはない。慣れとは恐ろしい。



「おはよう」



仁は、パジャマ姿でサラサラになっている髪の寝癖を少し直しながら起きて、葵に声をかけた。隙のないスーツ姿しか見たことがない社員を始め、仁のプライベートを知りたがるマスコミにこの姿を見せたらどうなるか。きっと大騒ぎになるに違いない。斜から見れば、そんな姿を毎日見られるのだから、葵は幸せ者なのかもしれない。
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