読書女子は素直になれない
第5話

「鷹取、君?」
 半信半疑ながらも千晶はその名前を口にした。聞かれた男性は千晶を向くとハッと驚いた表情を見せる。
「い、五十嵐さん?」
「うん、五十嵐千晶」
「嘘だろ?」
「嘘とは失礼な。正真正銘、五十嵐千晶です。本の虫の」
「おお、本物だ」
「本の虫で判断したでしょ。ホント失礼ね。十年ぶりの再会なのに」
 拗ねてみるも、内心は今すぐにでも抱きつきたい気分であり嬉しさは隠せない。
(なんて運命なんだろう。こんなところで偶然にも十年ぶりに再会するなんて)
 お互いに気まずいのかまともに顔を見れず、ぎこちない様子で向き合う。
「ああ、そんなことより五十嵐さん、この女性は知り合い?」
「ええ、会社の同期の子。中村さん」
「そうか、美人だな」
「ちょっと鷹取君!」
「冗談だって、まず中村さんを安全なところに運ぶぞ」
 意識のない美優に嫉妬しつつも言われた通り歩道に横たえ安全確保を図る。蓮は自動車に向かい、青ざめている運転手のケアをする。千晶は携帯電話から課長である渡辺琢磨(わたなべたくま)へ連絡し、事故の件を報告すると自分も直ぐに行くと言われ通話が切れる。震えるサラリーマン風の運転手に代わり、蓮が車を路肩に移動させ再び千晶のもとへとやってくる。
「取りあえず基本的なことは済んだろ。五十嵐さんはもう帰っていい。後は俺が……」
「はぁ?」
 蓮が言い終わる前に千晶は割り込む。
「何勝手に仕切ってるの? 帰っていいですって? そんなことよりまず、私に対して言うことあるんじゃないんでしょうか!?」
 丁寧ながらも激しい剣幕を見てさしもの蓮も怯える。
「えっと、まあ、そうだよな。うん、元気だったか?」
「それじゃない」
「え~っと、綺麗になったな」
「それ……、でもない。嬉しいけど」
「う~ん……」
 悩む蓮を見て、ため息交じりに切り出す。
「もういいよ。鷹取君が元気ならそれでいいわ」
「悪い」
 申し訳なさそうに頭を掻く蓮の姿から、昔と変わっていないと感じる。まじまじと見ると蓮は中学生の頃からさらに背が伸びており、身長差はかなり広がっている。顔立ちも幼さが抜け精悍さが溢れており、一段と男に磨きがかかっているように見えた。
(これだけ格好良くなってたら彼女の一人や二人いてもおかしくない。私との約束なんて忘れてて当然か……)
 嬉しさから急激に虚しさの感情が上回り顔を曇らせる。ネガティブな思考に囚われていると、正面から全力疾走する琢磨が目に入る。
「五十嵐さん! 中村さんは!?」
 肩で息をしながら琢磨は千晶に迫り戸惑いながら千晶は対応する。
「命に別状はない、と思います」
「思うって、どういう判断でだ?」
「えっと、それは……」
「それは、脈拍数と呼吸数、出血の有無からの判断です。渡辺課長」
 蓮からのフォローに助かったと思うも、琢磨を課長と呼んだ事実に疑問を持つ。
「おお、誰かと思ったら鷹取君か」
「ご無沙汰しております」
 あまりの展開に千晶は思わず割り込んで聞く。
「あの、失礼ですが課長と鷹取君はお知り合いなんですか?」
「ああ、知り合いもなにも、来月から五十嵐さんたちと一緒に働くことになる新入社員だ」
 新入社員という単語を聞き、唖然としながら蓮を見ると、どこか馬鹿にしたような笑顔で挨拶をされた。
「新入社員の鷹取蓮です。五十嵐先輩、宜しくお願いします」

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